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暗闇の中を往くふたり
一人の宇宙飛行士があった。名前は阿倍(あべ)、彼は幼い頃からの将来の夢である宇宙飛行士になることを叶え、宇宙ステーションの中の無重力の海を揺蕩っていた。阿倍が無重力の海に身を預けていると、天井にまでふわぁりと浮かび上がってしまう。彼が天井に頭をぶつけそうになる直前、もう一人の宇宙飛行士の甲斐(かい)が阿倍の足を掴み、床へと引っ張り下ろした。
阿倍と甲斐は幼い頃からの親友で、本当の兄弟、いや、二人で一人の一蓮托生のように育ってきた。阿倍が宇宙飛行士を志したのは、甲斐が幼い頃に両親に買ってもらった宇宙図鑑を一緒に読んでいた影響から来るものである。
幼い頃からの親友同士が同時に宇宙飛行士選抜試験をパスし、宇宙飛行士になると言うことで、二人は一気に時代の寵児に上り詰め、今では物理的に宇宙に上り詰めているのであった。
「おい、気をつけろよ」
「ああ、すまね」
阿倍は床に降りた。その勢いで胸ポケットより一枚の写真がふわぁりと飛び出てきた。見目の麗しい女性の写真だった。甲斐は飛び出た写真を手に取り、阿倍に渡した。
「ほら、琉和(るわ)を逃しちゃいけないぞ」
「すまね」
写真の女、琉和は阿倍の婚約者である。今回の宇宙ステーションの滞在が終わり、地球に帰還してすぐに結婚式を挙げる予定であった。
甲斐は無重力の海を揺蕩いながら「結婚式のスピーチ」の本をずっと読んでいた、偏に親友の結婚を祝いたい一心からである。
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