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気付いた時、そこは真っ暗な世界だった──。
身体は殆ど動かず、目は開かず、何かが流れる音が聞こえる。
一体、私に何があったのか……わからない。
これが死ぬ……ということなのか?と考えたが心地好い温もりを感じる。生きているのか死んでいるのか……その判断も付かず益々混乱した。
朧気な記憶を辿れば、私は確か警察官だった筈。そういえば刑事になってから家庭を省みれない程に多忙だった。
もしや、過労死してしまった?駄目だ……記憶が無い。
しかし、仮に過労死していても多分気付かないかもしれない。急に倒れる訳だろうし。
………。
もし死んでいたら……後悔が山積みだ。途中だった捜査、後輩の教育も心残りだ。
特に家族のことは気になって仕方がない。大したものは残してやれなかったけど、元気に暮らせているだろうか?苦労していないだろうか?
妻には……家のことを任せきりだったな。いつか二人でゆっくり旅行に行く約束、果たしてやれなかった。いつも笑顔で支えてくれたのに……一言謝りたかったが……本当に済まない、律子。
子供達にも寂しい思いをさせた。休日に遊びに連れていってやれなかったのに我慢させてしまって……。もっと思い出を残してやりたかった。
私は父親失格だ。ゴメンな、博人。祐実。お前達は私の宝物だったよ……。
そして母さん……親より先に死ぬのは親不孝だって良く言ってたっけ。忙しくてあまり話をできなかったけど、結局私が先に父さんの方に来てしまったな。
………。
暗闇は色々なことを考えさせる。私は……大切なものを蔑ろにして何をやっていたんだろう?刑事なんて仕事辞めて、もっと家族と一緒に居れば良かったのに……。
でも、もう遅いんだろうな……。
帰りたい。家族の元に……今は心からそう思う。もし叶うのならば、もっと家族の為に生きたい……。
……。
段々と……考える力も無くなってきた。いよいよ消えるのか……。
深い闇に飲まれて消えるのは怖い。でも、この温かな場所は不思議と穏やかな気持ちにさせる。
………。
……何だろう?声がする。私を呼ぶ優しい声が……。
……。どうせならそちらに行きたいな……。誰か居るのか?大切な家族と……また会えると良いな……。
ああ……光が満ちてくる。
私は────。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「ありがとうございます」
「良く頑張ったな、祐実……ありがとう」
「幸隆さん……」
「亡くなった君のお父さんがきっと見守ってくれていたんだね」
「ええ……」
私は……帰れたんだ──。
「え……?」
「どうしたんだい?」
「いえ……何か聞こえた気がして……」
「ハハハ、案外お父さんが来てるのかもね……。……。この子には……どんな未来が待っているのかな……」
「……。きっと……」
「ん……?」
「きっと幸せな未来が待っているわ。だから……」
「ああ。家族で見守ってあげような」
薄れゆく記憶と思考はやがて完全に消えるだろう……。
でも、もう怖くはない。私は……家族の中に帰れたのだから──。
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