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その『異界』に降り立った瞬間、無数の人影に取り囲まれた。
……否、それは正しくない、と一拍遅れて気付く。
Xを取り囲む人影は、皆が一様の姿をしていた上に、それがよく見覚えのある姿であったから。Xもすぐにそれに気づいたのか、ぽつり、と声を落とす。
「鏡、か……」
そう、鏡だ。周囲に張り巡らされた鏡が、Xの姿を複雑に映しこんでいることで、まるで「自分自身」に取り囲まれているかのような錯覚を起こさせていた。
Xは目の前に立ちはだかる一枚の鏡に向けて手を伸ばす。鏡の中のXも手を伸ばす。短く刈りこまれた白髪交じりの髪に、年齢より少し上に見える以外には特筆すべきところのない痩せた顔。片目が見えていないがゆえか、わずかに焦点がずれているように見える目が、ぼんやりとこちらを見つめ返してくる。その姿は、私が知るこちら側のXと何ら変わりがない。
ただ、眺めているうちにその姿が徐々に変化しているのに気づく。酷くゆっくりとした変化ではあるが、髪がわずかに伸び、白髪が減って行き、痩せていた顔も肉付きを取り戻して、若返っていくように見える。一方で、Xはその変化に気付いているのかいないのか、普段通りの表情を変えることはしなかった。
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