アークヒル王国のしきたり

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 我が祖国…アークヒル王国には困ったしきたりがあった。  年に一度、国王から送られる黒紙を受け取った者は、国の代表として町はずれにある洞窟に赴かなければならないのだ。  その名誉の黒紙を受け取ってしまった私は、湿っぽい洞窟へと踏み込むと、松明の灯りだけを頼りに、奥へ奥へと踏み込んでいく。  噂によると、この洞窟の最深部には王国の秘密が隠されているそうなのだが、私はそんなことよりも、途中でヒルや蜂に襲われないかの方が心配である。  案の定、途中で何度かヒルに食われたが、どうにか最深部の祭壇へとたどり着いた。  そこは光もほとんど差し込まない暗闇に包まれており、祭壇の物陰に隠れて時が経過するのを待った。黒紙を受け取ってしまった者は、ここで1晩過ごす決まりになっている。  私はその暗闇の中で恐怖に震えていた。ここには魔物が住み着いているという噂がある。それはトロルのような巨人とも、ゴーストのような思念体とも、ドラゴンのような獣とも言われているが、その正体を見た者はいない。  そこまで考えて「あれ…?」という言葉を口にしていた。正体を見ている者がいないのに、どうして姿がわかるのだろう。これは矛盾していると言えないだろうか。  その直後に、私は肩を竦めた。洞窟の奥で何かが落ちる物音が響いたからだ。  私は自分自身を落ち着けることにした。もし、ここにトロルやドラゴンのような化け物が住み着いているのなら、入った時に食べられているし、ゴーストなんて生まれてから一度として見ていない。とりあえずヒルやサソリのような生き物にだけ注意を払い、日が明けたらさっさと出てしまおう。  そこまで考えると、恨めしい思いがこみ上げてきて、洞窟の入り口の方角を睨んだ。そこには見張りの兵士2人が立っている。私の護衛という名目だが、実際はこの洞窟から逃げ出さないように見張っているのだろう。  私は、岩を触っていた手を引っ込めると、くっついてきたヒルと思しき生き物を払いのけた。  くそ、何で私がこんな洞窟で一晩過ごさないといけないんだ。今頃、国王は美人な妃たちとイチャイチャし、そのバカ息子たちは仲良く兄弟げんかに明け暮れているんだ。こんなゴミのような王国など亡くなっちまえ。クソっ!  地団太を踏んだ直後に、洞窟の一角から声が響いた。 「ああ、何ということだ…国王陛下が亡くなられるとは⁉」  そう言えば思い出した。アークヒル城には秘密の抜け穴があるのだった。それが、私の押し込められた洞窟だったと考えると、今いる場所は洞窟の最深部ではなく、城の真下ということになる。  ということは…まさか、今踏みつぶしたのは…?  自分の脚元に松明を向けてみると、ヒルの死がいと共に無惨に砕けた、小さな小さな王冠がキラキラと光を放っていた。  間もなく洞窟の中では、ヒル王族の跡目争いが始まったので、私は1匹残らず踏み荒らすことを選んだ。  そうすれば、もうこんなバカげたしきたりに付き合わされることもないのだから…  
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