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あえいうえおあおおあおえういえあ。
「綺麗なんだよね、水喰先輩の書く文章は。だから気になるのかも」
あめんぼ赤いなあいうえお。うきもにこえびも泳いでる。
「綺麗な言葉を並べ立てるだけじゃないんだ。美しいものに紛れた刃が、急に心臓を貫いてくる」
ああああああ(高い声)。ああああああ(低い声)。ああああああ(真ん中の声)。
「その奥にどういうものを隠し持てば、ああいう文字が生まれるんだろう」
「あのー、ちょっといい?」
真面目に発声練習をしていたのに、部長がいきなり水を差してきた。今、いい感じだったのに。
「いや、全然いい感じじゃないからね。心の声と発声が逆になってたからね。完全にツッコミ待ちになってたからね」
「おっとうっかり」
「うっかりでそんな失敗することある?」
やっぱり、今日は演劇部ではなく、文芸部の方に顔を出しておくべきだっただろうか。そんなことをぼんやりと思いながらも、口先では「外郎売」を暗唱した。
「セッシャオヤカタトモウスワオタチアイノウチニ……」
どうも、最近は文芸部の方に心が引っ張られている。その強力な引力の正体がなんなのかは、はっきりと明言することはできないけれど。
結局、今日の稽古には全く身が入らず、私は部長と副部長と演出の三方向から小言を食らってしまった。
稽古が終わると、わいわいとお喋りに興じている同級生を横目に、さっさとジャージから制服に着替えて部室を後にした。今日は同級生とじゃれ合う気分ではなかった。
窓から西日が差し込む、七月の放課後。クーラーも扇風機もない廊下は、やたら蒸し暑い。
頭の中のスケジュール帳を開いてみる。ふむふむ、明日も明後日も放課後は演劇部の稽古か。次に文芸部に行くのは金曜日。なるほど。
「……明日は、稽古サボるか」
一人で本を読んでいる先輩の背中が脳裏をよぎって、わたしはスケジュール帳を放り投げた。
別に、先輩は私が部室に行こうが行くまいが、構いはしないのだろうけれど。先輩が部室の鍵を開けておくのは、私や友人のあの子のためじゃない。たぶん。
「あ、めぐるんだぁ。お疲れ」
噂をすればなんとやら。昇降口で友人のあの子とばったり鉢合わせた。タタタッと小気味よく上履きを鳴らして走り寄ってくる。長い三つ編みがふわりと揺れた。
「あのねぇ、さっき水喰先輩の話してたでしょ。そしたらなんだか、私も文芸部に顔出したくなっちゃったんだよね。だから明日は、吹部をお休みして文芸部に行こうと思う! めぐるんは来るの?」
「なーんで恐ろしいくらいに気が合うんだかね」
「え?」
「何でもない」
「ええっ、絶対なんでもなくないやつじゃん。恐ろしいくらいに気が合うよね、私たち」
「なーんで聞こえてるのに聞き返したのかね君は」
そんな下らない応酬を繰り広げながら、下駄箱の扉を開けた時だった。
ぱさり、と乾いた音がして、下駄箱から白いものが床に落ちた。
拾い上げてみると、裏面には赤い丸が貼ってある。あれだ、ハリー・ポッターとかでよく見かけるやつ。封蝋? そうそう、あれ。どうやらこの白いものは手紙の封筒らしかった。
「えっ、めぐるんラブレター!? きゃあ〜!」
「今時ラブレターなんてある?」
「しかも、その赤い丸、ハリー・ポッターとかで見るやつじゃん! ロマンチックだねぇ」
「今時ラブレターに封蝋使う?」
「あれ? 私の下駄箱にも入ってた。もしや二股? それとも数打ちゃ当たる戦法?」
「あのね、たぶんこれはラブレターじゃないね」
玄関口から差し込んでくる橙の西日に封筒をかざしてみる。しかし、封筒の中身が透けて見えることはない。表裏を確認してみても、宛名がない。ただ、白い封筒に真っ赤な封蝋が押してあるのみだ。
友人は隣で、自分の下駄箱に入っていたという同じく白い封筒を、しげしげと眺めていた。そして突然、ビリビリと封を破り始めた。
「ロマンチックとか言ってた割には容赦ないよね」
「だってさぁ、手紙は開けないと読めないんだよ?」
素手で封筒を破った友人は、中に入っていたメッセージカードに首を傾げた。
「何これ?」
私も友人に倣って封を破る。中に入っていた黒いメッセージカードには、印刷の文字が澄まし顔で並んでいた。
「なに、これ」
気味の悪いカードを読むのは、不愉快な迷惑メールを開いてしまった時の気持ちと似ていた。
「あなたは『少女人狼』の参加者に選ばれました。
青い少女よ、熟れることなく、老いることなく、殺し合え。その身が朽ちるその時までは」
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