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「どうぞ」と一言で答えると、見慣れない少女が入ってきた。
うさぎのような印象の小柄な少女だった。明るい栗毛色の髪を三つ編みにしてひとまとめにしている。ラプンツェルほどまではいかないが、腰につきそうなほどで、かなり長い。丸メガネの向こう側の丸い目と視線がかち合った。にへら、と人懐こい笑みを浮かべる。
「こんにちは! あなたも気がついたらここにいたの?」
彼女が第一声を発した瞬間に、私は理解した。
「しゃけちゃん」
「えっ……ええっ! なんでわたしのペンネーム知ってるの!?」
「やっぱりしゃけちゃんか」
「あれ、その声……もしかして回めぐるちゃんですか!」
「私のペンネームを知ってるってことは、やっぱりしゃけちゃんか」
私を普段からペンネームで呼ぶのは、文芸部の友人の彼女と、水喰先輩だけだ。逆もまた然り。
お互いの素性を確認し合い、私たちの空気は少し緩んだ。それと同時に無数の疑問が湧き上がる。
「ねえ、ここはどこ? なんなのこの展開? しゃけちゃんのその見た目は何? いつからラプンツェルになったの? ていうかコンタクト辞めてメガネにしたの?」
「待って待ってパンクする! わたしもわかんないんだよ〜!」
しゃけちゃんに聞いても仕方がないということは、私も理解している。でも、自分の思考を落ち着かせるためにも疑問を吐き出したかったのだ。
「というか、それはわたしからも言わせてほしいよ! めぐるんその髪と目どうしたの!」
「髪と目?」
促されるままに立ち上がり、ベッド横の化粧台の鏡を覗き込んだ。そこに映し出されたのは、知らない誰かの姿。ボブヘアの髪は雪原のように真っ白だった。私はいつの間に白髪になったんだ。まだ十七歳なのに? いや、ストレス性か。いやいや、白髪じゃなくて銀髪と表現するのだろうか、こういう髪色は。銀髪? 純日本人なのに?
困惑する鏡の向こうの誰かと目が合った。瞳の色は黒猫の瞳孔のような黄色だった。不吉な色にぞっとして鏡から離れる。
「……確かに、私もちょっとイメチェンしたみたい」
私が私であることには間違いないが、鏡に映る私は私の姿ではない。一体どういうことなのか。
「ねえしゃけちゃん」
「ん?」
「どうしてしゃけちゃんはこんなところに来ちゃったの?」
「えっと……あ、そう、手紙! 下駄箱に入ってたラブレターにね、URLが入ってたんだよ!好奇心に負けてURLを打ち込んだら、気付くと知らない部屋にいて。あとで請求とか来たらどうしよう?」
「不当請求よりもこの状況の心配した方がいいと思うな」
――だが、恐るべきことは、しゃけちゃんはこんな超展開に巻き込まれてもなお、終始ニコニコしていることだ。
不当請求と閉じないエロサイトの恐ろしさを一通り語り尽くしたしゃけちゃんは、ベッドにごろんと寝転がった。白いシーツの上に、栗色のおさげ髪が無造作に投げ出される。丈の長いワンピースの裾がめくれ上がって、無邪気な足がのぞいた。丸い目をすっと細めて、私を見上げるその表情は、愉悦。
「なんだか面白いことになったね、めぐるん」
純粋無垢な笑顔に、背筋が粟立った。でも、まさか私がこの暢気な友人に恐れを抱いているなんて、絶対に認めたくなかった。だから「そうだね」と相槌を打って見せた。
居心地の悪さから視線を逸らしたその時だった。突然、どこからともなく声がした。
「館内の皆様にお知らせいたします」
声の発生源は天井付近に取り付けられたスピーカーだった。無機質な声はアナウンスを続ける。
「これより『少女人狼』を始めます。参加者の皆様は、一階談話室にお集まりください」
男とも女とも取れない、妙に気に触る声だった。
プツッと音を立てて放送が途切れると、部屋には静寂が訪れた。黙ってしゃけちゃんと目を見合わせる。
「めぐるん、少女人狼ってなに?」
「知らないよ」
「どんな言葉にも少女ってつくと萌え萌え感が出るのってなんでだろう?」
「知らないよ」
どこまでも通常運転な友人に肩をすくめる。でも、彼女のお陰でこんな状況下でも冷静さを保っていられているというのも、事実だった。
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