3人が本棚に入れています
本棚に追加
魔法少女。少女革命。美少女戦士。少女という名詞がもたらすkawaii効果の例をひたすらに聞き流しながら、長い長い廊下を歩く。古びたホテルのような、森の奥の洋館のような、整ってはいるが不気味さが拭いきれない雰囲気の通路だ。どこかから誰かに見られているような気がして、なんだか落ち着かない。窓のない通路は、壁掛けのライトにほんのりと照らされるばかりで薄暗い。カーペットが敷いてあるせいで、私たちの足音は吸収されている。滔々と話し続けるしゃけちゃんが黙ったら、不気味なほどに静かだったに違いない。
どれくらい歩いたのか感覚が曖昧になってきた頃、大きな扉に行き当たった。「談話室」と刻まれたプレートが掲げられている。ここが集合場所のようだ。
やけに重々しく仰々しい扉を前にして、ごくりと唾を飲み込む。この先にどんなものが待ち受けていても驚かないように、準備をしておきたかった。
そう思っていた矢先、友人はなんの躊躇いもなく扉に突撃した。
「わーいお邪魔しま〜す!」
そんな、まだ心の準備が! なんて言って止まる彼女ではない。しゃけちゃんはマグロではないが、どこまでも泳ぎ続けるタイプなのである。
扉の先に待ち受けていた人々の視線が、私たちを貫いた。一、ニ、三、四、五、六。私としゃけちゃんを含め、八人の人間が談話室に集っていた。全員少女だ。しかし、萌え萌え感は特になかった。
「やかましいわねぇ」
ソファに腰かけていたベレー帽の女が、しゃけちゃんを一瞥した。ウェーブがかったロングヘアは見事なライトパープルだ。まるでアニメの中から抜け出してきたヒロインのような容姿である。
「あんまりうるさいと、そのお口縫っちゃうゾ」
にぃ、と笑みを深める女。――百人が見たら百人がサイコパスだと断言するだろう。私も断言する、こいつはちょっとやばい。そして、口を縫われそうになってもなお「ええっ、自分でお口チャックするから許してっ」と軽口を叩けるしゃけちゃんの鋼のハートもやばい。
私はというと、彼女と目を合わせないように、他の少女たちの方へと視線を走らせた。変な人とは目を合わせちゃいけませんとマミーに教わっているのだ。
三者三様ならぬ八人八様。その場にいる全員が不思議な容貌をしていた。ベレー帽の女の隣に座る緑の髪の女は、ペットらしき鳥を肩に乗せている。暖炉のそばの安楽椅子で、ちっとも休まらない様子でうつむくセーラー服の少女は、瞳も髪も全て水色だ。部屋を物色して回っているのは、小学生ほどの年頃の幼女。壁の方を向いてたばこをふかしている女は、ツインテールにゴシックロリータ姿。中でも最も異様なのは、部屋の隅で震えている背丈の小さな少女が、頭に大きな箱を被っていることだ。私は映画館で上映前に流れる「映画泥棒」を思い出した。
ベレー帽の女は指先で髪を弄びながら私たちを品定めしていた。不躾な視線に晒され、私の中の防衛本能が迫り上がってくる。私は固い声で問いかけた。
「あなたは誰? 私たち、気がついたらこの建物の中にいて、状況が把握できてないんだよね。何か知ってるなら、教えてほしいんだけど」
「名前を尋ねる時はまず自分から、って使い古された決まり文句を言わせないでもらえる?」
むっとした顔を表に出さないように堪えつつ、頭を働かせた。素性も容姿も相手にばれる可能性が低いこの不思議な空間で、匿名性を捨てるのは不利である。だから私は、いつもしゃけちゃんに呼ばれるペンネームを口にした。
「回めぐる」
本名ではないことがすぐに伝わったのだろう。女はすっと目を細めて、
「皇もね」
と名乗った。こちらも明らかな偽名だ。
向こうで他のメンバーたちに「わたしはね! しゃけだよ! ごはんのおともにはしゃけが合うよね!」とぴょんぴょんと跳ねながら自己主張しているしゃけちゃんを横目に、私は話を押し進めた。
「それで? あなたはどうしてここに?」
「さあ? 私にもいまいちわからないのよね。心当たりのない封筒が届いて、そこに書かれていた文字列を入力したらここにいたというわけよ」
つまり、この状況に困惑しているのはどちらも同じということか。部屋の中の人間は、誰一人として私たちの会話に口を挟んでこない。どうやら、みんな同じ境遇でここにいるようだ。
「でも、ここが現実世界と地続きではないということは確かなのよね。この奇妙な姿の肉体は、明らかに自分のものじゃないし。――まあ、私はリアルでも超絶美少女なんだけど」
「わあ、自信過剰だ」
「事実だゾ」
「あ、そう」
ベレー帽の女改め皇もねは、なんとも会話のテンポが読みづらい奴だった。終始にやにやと笑っていることもあって、本気なのか冗談なのか区別がつかない。
しかし、彼女が美少女であるかどうかは置いておくとして、ここが現実世界ではないということは確かであろう。ここに来る直前に入力したURL――あれに何か仕掛けがあったと見て間違いない。
他の者にも経緯を聞こうと、振り返ったその時だった。
「――参加者の皆様」
あの、男とも女とも子どもとも老人とも知らない奇妙な館内放送が、再び流れ出した。
談話室の壁に取り付けられた巨大なスピーカーが、ノイズを吐きながら語り始める。
「『少女人狼』参加者の皆様、ようこそお集まりくださいました。これより皆様には、ゲームに参加していただきます」
最初のコメントを投稿しよう!