第一話 憧憬と恋は砕かれた――回めぐる

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第一話 憧憬と恋は砕かれた――回めぐる

 活動日もそうではない日も、先輩は部室で本を読んでいる。昼休みも、大抵は一人で部室にいた。 「めぐるん、何見てるの」 「何も」 「うそだぁ、水喰先輩見てるんでしょ」 「見てませーん」 「見てまーす、めぐるんはいつも水喰先輩のこと見てまーす」 「見てませーん…………あ」  まずい。目が合った。慌てて逸らした。 別に、やましいことがあるわけじゃないけどね。  でも、目が合いそうになったら逸らす、それが私たちでしょ。理由はなくても、中学の同級生と駅ですれ違ったら、目を逸らすでしょ。それと同じことだ。 「水喰先輩って、不思議な人だよねぇ。ミステリアスというか、物静かというか」  友人の言う通り、先輩は底知れない何かを孕んだ人だった。  彼女が口を開いて何かを言う時、私は無人の洞窟に湧く泉を想像する。そこに雫がぽたりと落ちて波紋を作る、その小さな音の無限の響きを感じる。  なんて、格好つけた物言いをしてはみたけれど、結局のところ、私は彼女への屈折した憧憬を拗らせているだけなのだ。ちゃんと自覚している。 「めぐるん、今日は文芸部に行くのー?」 「いや」 「演劇部の方?」 「うん」 「あー、わたしも今日は吹部に行くんだ。じゃあ今日の文芸部は水喰先輩ひとりかぁ」  一人でも水喰先輩は部室に行くのだろう。部室の鍵を開けて、窓辺の席に座るのだろう。誰かを待っているかのように、ずっと。
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