chapter 3

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『厳しい攻めが続きます、明峰高校の門倉君。超高校級左腕の実力を如何なく発揮しています』 『付け入る隙がありませんねえ、門倉君は。彼から追加点を奪うのは至難の技と言えそうです。西城高校がこの怪物にどう挑んでいくのか。これから先、まったく読めません』  今勝っているのは西城の方なのに、負けてるような言い方するのが気にいらない。  けど反論できないのも事実で、そんな自分に一番腹が立つ。  こんな奴が相手でも、義純は本気で西城が勝つと信じているんだろうか? 相原も抜きで。  その迷いのない精神力は一体どこから来るのか、教えて欲しい。  相手ピッチャーのあまりの強さに、レフトスタンドから松谷への応援が、意気消沈するどころか激しさを増す。  2ー2、後がなくなった五球目。  門倉の指からボールが離れる、と同時に久住が走った!   読んでいたかのように松谷がバットを出す!  こんなとこで!?  びっくりしたけど問題は結果だ。成功するのか!?  思わず中腰になって、ボールの行方を見つめる。  かろうじてバットに当たった打球が、松谷の後を追って転がる。                瞬時にマウンドを下りた門倉が、ラインを割りそうなボールをためらいもせず素手で掴んで一塁に送球した。   それを察し頭から突っ込んだ松谷だが、完璧にアウトのタイミングだった。  ただし、そこはさすがにしたたかな西城。二塁走者の久住はしっかり三塁に行った。  2アウトにはなったものの門倉を相手に、しかもクリーンナップ以外の打者達で、ホームベースにもっとも近い場所まで辿り着いた。 『上手く当てて転がしました、松谷君』 『門倉君も、さすがに落ち着いて処理しました』 『一つ一つのプレーに、無駄もミスもありません。大会初日、最後の第三試合は最終日の決勝戦と同等の……いえ、それ以上にハイレベルな熱い戦いになっています』 「やっぱ面白え! こいつら」 「だな。どっからでも繋いできやがる。油断できねえぜ、お前ら」  俺達二人、和泉のバッテリーに向けられた言葉は的を得すぎていて……同じ県にいる限り、こいつらを倒さなければ全国大会出場はないと、暗に告げる先輩達の老婆心に、正直 辟易……だったっけ? つまりあれだ、うんざりするって事。 「望むところだ。な、一聖」 「ん、うん、まあな」  俺に掛けてきた気安い口調に内心驚きつつ、曖昧な笑みを貼り付けた。    二回以来の追加点のチャンス。  レフトスタンドがここぞとばかり盛り上がりを見せ、吹奏楽の応援が大合唱となってグラウンドに響き渡る。  そのスタンドの応援をカメラが撫でるように映し、続いてベンチ前でストレッチするワンちゃんの姿を捉えた。  そこへ、一塁でアウトになった松谷が戻ってきて、言葉を交わす二人のツーショットに。  妙にさっぱりした顔でマウンドの門倉を振り返った松谷が、バッティング用のグローブを外し、苦笑するワンちゃんの肩をポンと叩いてベンチに入る。  後姿を見送る表情までつぶさに映したカメラが、ようやく打席に立つもう一人の一年、渡辺に切り替わった。  技巧派の渡辺だけど、前回の結城キャプテンの打席から門倉に変わったんだ。初対決の一年生、普通にヒッティングは厳しいだろう。  なんて考えていた俺達は、その数分後、門倉の――いや、優勝候補明峰の、恐るべき本質をまざまざと見せ付けられる羽目になる。  その前兆が、渡辺へのフォアボールだった。 『ああっと、門倉君、ここへ来て初めてのフォアボールです』 『珍しいですねえ。ランナーが三塁に行って、動揺したんでしょうか?』  この場面で門倉が四球? そんなの絶対ないって。  何か企んでやがる。けど、一体何を?  首を捻りつつも、次のバッター、結城キャプテンへの投球を見つめる。  経験の浅いランナーを一、三塁に置き、結城キャプテンに対峙する門倉には、フォアボールを出した後の焦りみたいなモンが、全然見えない。  普通なら……ストライクを取るつもりでフォアボールを出してしまったなら、いくら門倉レベルの投手でももうちょっと動揺するもんだ。  その初球、やっぱりこれまで以上にスピードの乗った力強い球が、ミットに豪快な音を立てて収まった。  二打席目のはずの結城キャプテンが手も足も出ない、全力投球の球。  次の投球モーションに入る門倉がプレートの土を払う振りで、その立ち位置を一番左端に取ったのに、初めて気付いた。 クロスファイア? ここで!?  ……ってことは、こいつらを同等の力量と認めたって事だ。  門倉がこの投球方を効果的に使う事は知っている。  教科書は滅多に開かない俺だけど、投手についての研究は、雑誌を買い漁って色々調べてるんだ。  セットポジションからの投球でも、ピンポイントでバッティングする打者にとっては、この僅かな変化が大きく影響してくる。  それに気付いたのは意外にも俺だけじゃなかった。  二球目、ストライクを取られた後、ボックスに立つ結城キャプテンが、密かにスタンスを変えた。  けど、実際にそんな投球する奴を目にしたのは初めてだろう。  そして初めての奴が易々と打ち崩せる球じゃないって事も、俺は知ってる。  二人の走者が共にリードを広げる中、三球目はボールになる緩いカーブで打ち気を逸らされた。  しっかり見送ったキャプテンだが、ボールカウントは2ー1、同じ所に同じ球種を投げない辺り、門倉も結城キャプテンのバッティングをある程度警戒しているようだ。  四球目もボールになるカーブ。但し内角と外角を上手く使い分けてる。  二球続けて遅い球を見送ったキャプテンが、タイムを取りバッターボックスを出た。  仕切り直した五球目、ほぼ間違いなく速球が来るとわかっていただろうに、バットが出なかった。  球速表示が153㎞/hを示し、球場が大いに沸く。  今日一番の数値だ。  それほど気迫のこもった直球だった。俺でも、一試合にそう何球も投げないような。  手の内のほとんどを見せ、結城キャプテンを打ち取った門倉が、意気揚々と引き上げていく。  その姿を捉えたカメラが、三振に倒れたキャプテン――ではなく、ネクストサークルからベンチに引き上げるワンちゃんの後姿を続けて映す。  そこで初めて、明峰高校の真意に気付いた。 「あっ! そっか、そうだったんだ!」  思わず口を突いて出た叫び声に、浜名キャプテンが訝しげな眼差しを向ける。 「あ…いえ、何でもないス」  と手を振って、自分の考えを整理してみた。  ワンちゃんの前にランナーを出したくなかった……言い換えれば、ワンちゃんを七回のファーストバッターにするのが目的だったんだ。  向こうは西城の中でワンちゃんのバッティングを一番警戒している。  偶然にでも結城キャプテンがファーストランナーで塁に出れば、追加点の可能性が飛躍的に高くなる。  それを恐れて、敢えて渡辺を塁に出し、結城キャプテンを全力で叩いたんだ。  危険な賭けだけど、その事実ーおそらく外れてはいないーに愕然とする。  そんで、その巧妙さに猛烈に腹が立ってきた。 『一時は崩れかけたかに見えた門倉君ですが、すぐに立ち直り、見事な投球で三番打者の結城君を三振に打ち取りました。反対に西城は三塁までランナーを送ったものの、この回追加点を加える事はできませんでした』 「よく言う! わざとに決まってんだろうが」  同じ考えを口にされ、驚いて浜名キャプテンを見た。 「あ、やっぱり? 渡辺へのフォアボール、あれって絶対わざとだよな」  同じく今井副キャプテンまで相槌を打つから、自分の考えが間違ってないって事を、図らずも先輩達に教えられた。  ダテにキャプテンをやってるわけじゃなかったんだと、改めて思い知った気分。 「ったりまえだろ。あの門倉が何もなしにフォアボールなんか出すかっての」 「しっかし、好かねえよな、やり方が」 「まあな。んでも気持ちはわかるぜ。なんせ相手はあの成瀬だもんよ」 「違いない」 「けどさぁ、西城はきっと誰も気付いてねえぜ、そんな企み。ってか陰謀」 「そうかもな。あいつら馬鹿みてえに人よさそうな奴らばっかだかんな」 「ハハ、言えてる~」  笑ってる場合なのか!?  けど、仮にその陰謀…ってか企てをあいつらに教える手段があったとしても、ワンちゃんが七回裏のファーストバッターになった事は変えようもない事実。  試合を下ろされない限り、次の回、一番に打席に立つ。  塁に誰もいないと決まっている打席に。   「心配ないさ、一聖」 「え、 ……」  義純が俺の不安をあっさり否定した。  さすが相棒、やっぱこいつも明峰の企みに気付いてたのか。 「でも、何で?」 「成瀬は『主砲』ってガラじゃねえって言ってただろ」  質問に答える形で、そう言った当人達ー両隣の先輩を平然とあごでしゃくる。  だから~、一応仮にも先輩に対して、それってどうかと思うんだけど。  冷や汗をかく俺の心中なんかお構いなしに、義純が言い切った。 「あいつは本来、一番バッター向きなんだよ」 「……かもしんないけど、それだって誰かが打たないとホームには還れないじゃん」 「あるだろうが、ヒットがなくたって点の入る方法が」 「へ? 何それ? なんかの謎賭け?」  そう言って首を傾げたら、呆れたような眼差しで俺に一瞥をくれた義純が、盛大なため息を吐き出した。 「ハア、…ここまで言ってわからん奴には、もう何も言わねえ」 「なっ! ……」 「バッカじゃねえ、お前ら」  俺達の進展しない言い合いに痺れを切らしたらしく、今井副キャプテンが茶々を入れてきた。 「あんま相棒を苛めんなよ、加納」 「はあっ!?」  意味わかんねぇ。苛めてんのは義純のほうじゃん。  一言言い返したくて「あの!」と口を開きかけたら、後ろから声が掛かった。 「あるじゃねえか、梛でも手に負えなかった成瀬の得意技が」  振り向いた俺に、浜名キャプテンが笑いを堪え、当の義純を目で示す。  それに合わせたのか、副キャプテンが可笑しそうに義純の肩に腕を回した。 「そうそ。あいつが塁に出て一番イヤなのは、間違いなく梛だもんな~」 「あっ、足か!」 「気付くの遅っ!」 「すいませんねッ! 鈍くって」  そんな諸々の心配や期待も、全部吹き飛ぶほどのものすごい衝撃が、次の回、ワンちゃんに襲い掛かることになる。  なんて思いもしない俺達は、ファーストバッターとなるワンちゃんが、あいつらの企てを粉砕してくれるのを願いつつも、明峰高校の辛辣な陰謀への不満をくすぶらせ、田島が上がるだろうマウンドを歯がゆい思いで見つめていた。
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