エピローグ

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   『――ああ、最後の最後にようやく笑顔を見せてくれました、西城高校の成瀬君です。本当に、彼にとっては思いもしない試練のスタジアムになってしまいました』 『ええ。ですが彼には不本意でも、そのプレーや表情に魅せられた人は大勢いると思いますよ』 『来年の楽しみがまた一つ増えましたね』 『それはそうですが、彼の県には加納君がいますからね』 『ああっ!! そうでしたっ! これは痛い!』 『そんな事ないですよ。加納君がいたから成瀬君のプレーがより磨かれた。その逆も然り、そうやって成長してきたんでしょう』 『では「永遠のライバル」、といった感じでしょうか?』 『恐らくそうなるでしょう、と言うのは私個人の見解ですが、あの二人の対決はぜひ見に行きたいですね』 『同感です。あ、仕事は抜きで』 『ハハ、いいですねえ、正直で』 「あ~あ、結局一試合観戦できただけか、つまんねえな」 「しゃあねえだろ。今回のは結城のくじ運の悪さだ」 「まあな。それに三試合分まとめて見たくらいの価値はあったよな。なあ、梛に加納」 「え、…ああ、まあ」  適当に相槌を打って、ちらっと隣に目を遣ると、浜名キャプテンも試合中の梛の発言を気にしていたのか、自分からその話題を振ってきた。 「――お前らのバッテリーに頼りすぎんのはよくねえと、俺らも思ってる。けどやっぱ、梛と加納を次期リーダーにするっていう決断を翻す気はねえよ」 「えっ!? 俺も? マジで? 義純だけじゃなくて?」  本人、全ッ然、聞いてない。「寝耳に水」って、きっとこんな感じなんじゃないだろうか。 「まあ、お前のは建前だ。肩書きが付いたら箔がつくだろ」  ……そんなもんなのか? なんか、すっげいい加減に聞こえるんだけど。  不満そうな表情を読んだのか、浜名キャプテンが付け足した。 「加納は梛の宥め役、ってな気分でいてくれればいい。多分梛がなんでも仕切っちまうだろうから、変に暴走しかけたらストッパーになってくれ。それがお前の役目だ」 「はあ」   この義純のストッパー? そんなのムリに決まってんじゃん。  にしても、俺以外の奴はこいつと対等に話をするのもすでにムリっぽい。  そこで、最悪な事にさっきの試合を思い出した。  ピッチャーを無理矢理押し付けられて受け入れたワンちゃんとは、その責任の重さからしても釣り合わない。ただ、ほんの少しでも彼の苦悩をわかりたい。  一時の気の迷いか、そんな事を考えちまった。 「あー、っと、…ま、こいつ相手に歯止めになれるかどうか自信ないけど、取り合えずやってみるっす」  答えた途端、食堂中から拍手が起きた。野球部に関係ない奴らまで。  なんか、体よく押し付けられた気がしないでもない。けど、それを承知で受けたんだ、後悔はしない、多分。  ただボールを投げるだけでよかった今までとは違う。  自分の中でも、これまでなかった責任みたいなものが芽生えかけてた。  義純と、これからの和泉高校野球部を作っていく、責任。  それは決して楽な事じゃないだろう。  それでも成し遂げなければワンちゃん達、西城のチームワークには到底敵わない。  絶対、一番の強敵になる。 「なんか、沸々と闘志が沸いてきたぜ」 「バッカ、お前は当分リハビリだ」 「え~っ!?」  義純の一言で、盛り上がりかけてた気分が一気に急降下した。 「まったく、これじゃどっちがストッパー役だかさっぱりわかんねえよ」 「ま、こいつららしくていいんじゃね?」  二人の先輩に笑われて、食堂にも明るい空気が広がって行く。  俺の肩の故障が原因で甲子園出場を辞退して以来、ずっと暗く沈んでいた野球部に、久しぶりに響いた明るい笑い声。  それは両キャプテンから俺達への、何物にも変え難い置き土産だった。  ―――ありがとな、ワンちゃん。  今日のピッチング、俺、きっと一生忘れない。  俺のこれからの目標もできた。  ワンちゃんは後ろを振り向かない。  だから、俺も後を追うのはもう止めて、『成瀬北斗』のライバルになる。  それを願ったワンちゃんと、少しでも対等でありたいから。  だから……バイバイ、『ワンちゃん』。  俺、もう『ワンちゃん』からは卒業するな。  今度会う時は、『成瀬』って呼ぶよ。  ワンちゃんは違う呼び名を望んでくれたけど、 『北斗』なんて言ったら、義純がまた首を締め上げるかもしんないだろ。  じゃあな、成瀬。  来年、どこかのスタジアムで、また会おうな。
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