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chapter 2
両校共に序盤での投手交代のせいか、画面越しでも甲子園の緊迫した空気が伝わる。
特に一塁側は西城のリリーフに対する反応がすごく中途半端なものになっていた。
無理もないか。
応援している側の追加点のチャンスに、敵の投手交代は当然有り得る。
ただ今回は相手がどんな奴か、その情報はないに等しい。
だからどんな反応をしていいかわからないんだ。
それは中継しているアナウンサーにも影響していた。
『早目にブルペンで投げていた一年生の相原君、思いのほか落ち着いた投球練習をしていますが、得意な球種等、データは非常に少ないです。先ほども申し上げた通り、県予選を全て通じても決勝戦の四回途中からリリーフで登板した7イニングだけなんです』
『まだ一年ですからね。関君の怪我がなければ相原君の登板はなかったと思いますよ。監督さんの方針としても、時間を掛けて育てるつもりだったんじゃないでしょうか』
『恐らくそうでしょう。関君の怪我は西城の投手陣にとって大きな痛手と言えます』
『何はともあれ、相原君の投球に期待しましょう』
口ほど期待する風もない言い方にムカつく俺は、間違いなく西城びいきだ。
こいつらの度肝を抜いてやれ、相原!
久住に対しては、過去の苦い経験を思い出して葛藤したのに、いつの間にか誰よりも熱く応援している自分に気付き、苦笑が洩れる。
似たタイプの投手に入れ込んでしまうのは、昔から変わらない。
そんな中でワンちゃんのプレーに惹かれた事だけは、明らかに異質だった。
規定の練習を終えた相原が、投球モーションに入る。
1アウトでランナー二塁、点差は三点。
バッターボックスには五番、クリーンナップ最後の打者。
第一打席はセンターフライだったけど、当たれば飛距離の出るパワーバッター。
その第一球、山崎の要求に頷きもせず投げた初球に、観客席が騒然となった。
『――これは驚きました。今大会初めて149㎞/hが出ました。しかも投げたのは一年生の相原君です。ライトスタンドも動揺を隠せませんが、まぐれでしょうか?』
『いや、それはないでしょう。しっかりストライクのコースに行ってますから実力だと思いますよ。ですがこの場面でこんな投球が見れるとは思いもしませんでした』
『同感です。これが高校野球の怖さ、というか面白さかもしれません』
山崎からの返球を受け取ってボールの握りを確かめる姿は、県大会で彗星のごとく現れた時より遥かに落ち着いている。
県営グラウンドも甲子園のマウンドも、相原には関係ないようだ。
投げるボールは俺達に対峙した時と同じ、腕がよく振れているし、下半身もしっかりしてる。
何より、この大観衆を前にして少しも臆する気配がない。
期待以上の投球を見せつけたのに表情は冷静そのもの、ニコリともしない。
それが、こいつの真の力を予感させる。
「ひょ~! たった数日で凄みみたいなモンが出てきてるぜ、こいつ」
「間違いなく、実戦で成長していくタイプだな」
「こりゃあ、このまま行くと明峰かなりやばいんじゃないの?」
「心配いらねえよ。すぐに門倉が出てくるさ」
「あれ? なに浜名、明峰を応援してたのか?」
「馬鹿言ってんじゃねえ、俺はいつでも弱い奴の味方だ」
「あっそ。ならやっぱ西城で決まりだな」
「そういう事」
両隣から飛び交う先輩達の正直な感想を聞きつつ、画面を見つめる。
その先で、確かに安定感の増した投球を続ける相原が、あっという間に五、六番、二人の打者を三振にして、追加点のチャンスを阻止した。
絶好の機会を潰された明峰、ではなく後続を断ち切った西城ナインをカメラが追う。
ベンチに戻る相原の後を追ったワンちゃんが、その肩先に自分のグラブを当て、好投を見せた後輩を労うのが映る。
振り返った相原がマウンドとは違う、少し和らいだ表情で彼を見返して、何か言葉を交わし頭を下げた。
すると間の悪い事に引き上げてきた内、外野手に下げた頭をポコポコ叩かれはじめた。
それを見て、自然と口元がほころんだ。
『素晴らしい投球でピンチを救った相原君に、感謝の意思表示でしょうか? 仲間の野手が頭を叩いています』
『それにしても、相原君は硬くならずよくしのぎました。落ち着いてますよ』
『そうでした。反対に明峰の方はせっかくの好機を潰されましたが、影響はありますか』
『当然あるでしょう。今のイニングの相原君のピッチングを見れば、門倉君をいつまでもベンチに座らせておくわけにはいかないんじゃないでしょうか』
『おおっと、噂をすれば門倉君です。どうやらブルペンで投球練習に入る模様。これは、また目が離せない展開になりそうです』
「ほら、な? やっぱ出てきやがった」
「三回で肩を作り出すって事は、西城もちっとは認められたんじゃねえの?」
「違いない。ようやく正当な評価がもらえたってわけか」
――『正当な評価』
それは、これからの西城の戦いがもっと厳しいものになるという事。
それでも、ワンちゃん達はそれを何よりも望んでいた気がする。
代理での出場を一番気にしていたのは紛れもなく彼ら、西城高校の選手だろう。
この試合で門倉を引っ張り出す事は、部員みんなの目標だったに違いない。
五ー二で迎えた三回裏、今度は明峰のピッチャーが好投を見せ、西城の六、七番を落差のある変化球で三振に取り、簡単にアウトを二つ取った。
三人目、気を抜いたわけではないだろうけど、久住のタメのあるスイングに捉まり、ショート頭上を越えるヒットを許した。
ランナー一塁で九番、田島に替わった相原が打席に立つ。
その初球、打つ気を見せていた相原が、初打席の様子見の際どいコースに行った球にタイミングを合わせ、バットを出した。
勢いを殺された球がサードとピッチャーの中間、非常に取り辛いところに転がる。
三塁手がダッシュして掴み、即一塁に投げた。
セカンドは文句なくセーフ。ファーストはどうか!?
カメラがダイヤモンド全体を映す。
その片隅で、相原が頭から突っ込むのと同時に一塁手が捕球した。
クロスプレーの判定は――アウト、だ。
スタンドのざわめきを音声が拾う。ジャッジへの落胆なのは言うまでもない。
アウトを告げられた当人は気落ちする風もなく一塁ベースを抱えていた腕を突っ張って、全身をバネにピョンとその上に立った。
あどけない姿に一年生という事を改めて実感する。
なんかマジ、カワイイ奴だ。
そんな相原の姿を追うカメラ。
それは見る側の心理を意識してのものだと思う。
一瞬で黒く汚れたユニフォームの胸の泥を叩き落としながら、足取りも軽くレフトのダッグアウトに戻っていく相原の、仕草の一つ一つをカメラは克明に映し続けた。
裏方の人間も、感じているのかもしれない。
こんな奴らがこれからの高校野球を引っ張って行く、と。
引っ張って行って欲しい、と。
持てる力を全て出し、ひたむきにプレーする姿。
それは、見ている者をも同じに熱くさせる。
果敢に走って一塁に突っ込んだ相原を明るく迎えたナインが、声を掛け合いそれぞれの守備に散っていく。
その顔には、これまでにはなかった誇らしさのようなものが確かに浮かんでいた。
『この回初めて無得点で終えた西城ですが、選手達は活き活きと守備に散っていきます』
『いいですね、表情が。少しも気落ちした様子はありません。どうやらこの試合、私達の予想通りにはいかないようですよ』
『同感です。高校野球の魅力を改めて思い知った気がしますよ』
気付くのが遅ェんだよ! それにワンちゃんの評価はどうなってんだ?
けど、まあいい。それを見せる機会はこれから先まだまだある。
そこでふと、初回のワンちゃんの守備が脳裏を掠め、慌てて頭を振った。
――大丈夫、きっと大した意味はない。
ワンちゃんだって人間だ、緊張したって少しもおかしくない。
そう言い聞かせながらも、納得できない気持ちを捨て去る事は、やっぱりできそうになかった。
試合はようやく中盤。
ここまでで、すでに一時間近く経過している。
今日最後の試合とはいえ開始時間は三時半。グラウンドには真夏の太陽がまだ容赦なく照りつけている。
選手達の疲労や体力の消耗は半端じゃないはずだ。
精神的な重圧なんか自分の高校のグラウンドでは体験しないから、練習では耐えられる運動量や暑さでも、この場所で受けるそれとは比較にならない。
四回表、相原は七番から始まる下位打線を、前のイニングで見せた速球ではなく、緩急をつけた球で簡単に打たせて抑えた。
本当に一年生か? と疑いたくなるような投球術に、ライバル出現の可能性を感じ、ワクワクしてくる。
この幅の広さは山崎のリードがあってこそなんだろうけど、それに十分応えられる実力の持ち主なのは間違いない。
その証拠に、山崎のリードがまったく別物になってる。
これまでの慎重な要求から一変、大胆かつ読み辛いものに変わっていた。
それはフィールダーも同じ。
抜群の安定感を見せるマウンドのピッチャーに感化され、守備陣も集中しているのが伝わる。
ほどよい感じの緊張感。
そんな奴らが相手では、どこに飛ぼうが簡単にアウトにされてしまう。
案の定、七番バッター、相手ピッチャーの打球はショート正面。
ワンちゃんがあっさり捌いて1アウト。
その当たりじゃ、調子いいかどうかも量れない。
二番手、八番の打球はファーストライナー。ノーバウンドで柴田が受けて2アウト。
ラストバッター、九番の当たりはボテボテのピッチャーゴロ。
これを相原が自分で難なく捌いて3アウト。
これまでのスローペースがウソみたいに、五分もかからず四回表の守備を終えた。
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