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 控えめに互いの健闘を労う仲間達。    その姿は、県大会優勝を成し遂げた勝者とは思えないほど静かで―――  スタンドからの大歓声に応えられないのが、ただ辛かった。          ・         ・        ・ 「加納! どこまでランニングに出てんだッ 三時からミーティングするって言ってあっただろうが!」  先輩達に見つからないようわざと遅れてグラウンドに戻って来たはずなのに、キャプテンの浜名さんにあっけなく見つかった俺―加納一聖―は、どやしつけられ、力任せに左の二の腕を掴まれた。 「イタッ、痛いって先輩! ミーティングには出ないって言ったじゃん! 今日はこれから病院に――」 「行くのは明日、キャプテン命令だ。お前には従う義務がある、そうだろ?」  間近で顔を覗き込み、意地悪く確認する。言いなりにならざるを得ないのを承知の上で。 「………」  答えられず黙り込んだ俺を鼻先で笑い、「早く来い」と校舎の方へ急き立てた。    今日は八月八日、全国高校野球選手権大会の初日。  俺達が行くはずだった甲子園だけど、現在のところ和泉高校の『エースピッチャー』と称される俺の右肩の故障が原因で、準優勝の西城高校にその権利を譲る結果になってしまった。  俺自身はその事に関して後悔なんか微塵もないけど、三年の先輩達に合わせる顔がないのも事実。だから会いたくなかった。  実際、県大会が終了したら部活に出る先輩達は激減するのに、今日に限って全員参加という俺としては非常にまずい展開になった事に、内心舌打ちせずにいられない。  実は仲間には内緒で、これから一人こっそり『ワンちゃん』こと『成瀬北斗』の試合を見るつもりだった。なのにこのタイミングでミーティングって、間が悪すぎる。  内容は恐らく次期キャプテンの発表兼引継ぎ。  練習を早めに切り上げたのも、三年が全員揃って顔を出しているのもそのためだ。  他の話し合いなら俺一人いなくたってどうって事ない。けどこればっかりは見つかったが最後、出席しないわけには……いかないんだよな。  ならそのミーティングが少しでも早く終わるよう黙って言う事を聞くのが得策だ。  そう決心したら最初の無駄に避けていた三十分がひどく損した気になった。  そのロスのせいで部会終了前に西城高校の試合が終わってたりしたら、最悪この上ない。  キャプテンに逃げ出さないよう腕を引かれ向かった先は、野球部監督の受け持つクラスではなく広々とした食堂だった。  両開きのドアを身体の厚み分だけ引いて中に入ると、エアコンの程よく効いた室内に数十名の野球部員がすでにかたまりを作って座っていた。  けどみんな背を向けている。  その向こう側には和泉高校唯一の、大型ハイビジョンテレビ。  進学を控えた生徒の為のディスカッション等、保護者を呼んでの話し合いの時にだけ大いに活躍する、俺にとっては全く無用な代物だ。  それなのに、そこに映る映像に文字通り釘付けになった。  スクリーンの向こう側には、見間違いようもなく高校球児の憧れの地、阪神甲子園球場が映し出されていた。 「遅えぞ、浜名」 「文句はこいつに言ってくれ」  最前列に座る副キャプテンの今井先輩に睨まれたキャプテンが、有無を言わせず俺の腕を引っ張りそこに連れて行く。けど、そんな事に構ってる場合じゃない。 「浜名さん、これ…って」  目はテレビに釘付けのまま、上ずる声で聞いていた。 「だから、ミーティング」 「ウソ、だって次期キャプテン決める為のミーティングじゃ……」 「アホ! そんな早く引退するか。俺達の夏はまだ終わっちゃいねえんだよ。西城が負けねえ限り、な」 「………」 「この試合を通して、これからのお前らの課題を見つける。相手は前年度優勝校だ。得るものは多いだろ」  何も答えられずただ目を瞠るばかりの俺に、浜名キャプテンが嫌味な視線を投げかけた。 「どうせお前、梛と二人で見るつもりだったんだろ? そうはさせるかっての。お前のせいで甲子園行きそこなったんだからな。最後の結末まで付き合ってもらうぜ」 「最後の、結末?」 「ああ。西城が負けるまで、この先もずっとここで試合観戦だ」 「それは……」  嬉しいような、怖いような。  確かに本音では義純と二人で見たいと思ってた、誰にも邪魔されず。  けど俺、絶対ワンちゃんの応援をしてしまう。  それは義純にとってあまり気分のいいものじゃないらしい。  だから一人で見るつもりだったのに、連れて行かれた先には二年で俺以外唯一のレギュラーだった義純が、すでに両隣を三年に固められ不本意そうな顔で座っていた。  まだ混乱している俺を尻目に浜名さんが掴んだ腕を放そうともせず、義純の隣まで引っ張って行く。  すると並んで座っていた先輩二人が交代するように俺達に席を譲った。  結果、テレビの真正面に俺と義純が、それを挟むようにキャプテン、副キャプテンの四人が並んだ。  このポジションで二時間近くも!? ほとんど拷問じゃん。  どうすんだよ、俺。感情を押し殺して見ないと、後が滅茶苦茶怖いだろ。  そんな心境なんかお構いなしに、キャプテンが俺達二年生バッテリーを飛び越えて今井さんに問い掛けた。 「で、どうなった? 第二試合は終わったのか?」 「とっくにな。第三試合の出身校の紹介も終わって今は西城の守備練習中だ」 「ならぎりぎり間に合ったか、よかった。初めの二試合が早かったから心配した」 「ロースコアだったからな。初日のホームランもまだだし。けどこいつらはどうか」 「室生と成瀬がいるんだ。2、3発は軽く出るだろ」  ワンちゃんの名前が出ただけで、心臓がドクン、と勝手に大きく脈打つ。  義純の視線を感じて身体の右側が痛い。痛くて怖い。  なのに画面からも目が離せなくて、息苦しさに窒息しそうだ。  俺、最後までここに居られるだろうか? ……自信ない。 「明峰の室生はともかく成瀬の相手は門倉だぜ、そう簡単にはいかねえんじゃねえの」  俺達を挟んだ言い合いは留まる事がなさそうで心臓に悪い。西城をよく知る先輩の声より、冷静なテレビの解説に耳を傾けた。  画面はありがたい事に今日の第一、第二試合をダイジェストで振り返っていた。 『―――初日の試合は、やはり硬さが出ますか』 『そうですねえ。どの高校も県大会での失策は比較的少ないんですが』 『実力を出せた方が有利、という事でしょうか』 『おっしゃる通りですが、第三試合は早くも昨年の優勝校、明峰高校の登場ですから、こちらも経験値でいくとかなり有利になるでしょう』 『対する西城高校は初出場という事ですが、二年生ながら優勝候補の一角に上がっていた加納一聖君擁する和泉高校に、決勝で敗れたんですよね』 『今大会唯一の繰り上がり出場校になります』 『う~ん、そうでしたねえ。こう言っては何ですが、和泉の加納君と明峰の門倉君の対決、実現すればさぞ見応えのある投手戦になったでしょう。正直なところ出場辞退が加納君の肩の故障なだけに、非常に残念でした』 『ですがその決勝戦も延長の末の勝利という事ですので、実力は二校とも拮抗していると思われます。どちらにしても初出場の西城が明峰にどう挑んでいくか、そこに期待しましょう』    アナウンサーとゲストの画面が切り替わり、西城の練習風景が映し出された。  それにしても、先輩の言い合いの方がまだましだったかも。  自分の名前が取り沙汰されるのも心臓に悪い。  早く、試合始まれ。  そしたら――ワンちゃんのプレーを見たら、西城を軽んじるような発言なんか、即 ぶっ飛んじまう。  そう信じスクリーンに見入っていた俺は、数分後、眉を潜める光景を目の当たりにし、義純と顔を見合わせた。  ワンちゃんのプレーは、明らかに県大会決勝戦の時の輝きを失っていた。
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