社史には載らない

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……それにしても、いつ妻は俺の浮気に気づいたんだろうな。あんなプライドの高い女が俺の携帯を覗き見るとも思えないし、第一、確かにそういう写真は撮ったことはあるが、上司とのメッセージのやり取りも含め慎重に消していたのに……。 「ただいまー」  自宅に帰ると、不自然な静けさが漂っている。俺は慌ててクローゼットを開けた。……妻の荷物がない。彼女の私物は一切合切持ち去られている。携帯に電話したが「この電話は電源が入っていないか電波の届かないところに……」というお決まりのメッセージが流れるだけだ。リビングのテーブルに、白く素っ気ない封筒が置いてある。中は離婚届だった。妻の署名捺印だけではない。証人欄には、義理の父と義理の兄の署名捺印付きだ。後は俺が書いてハンコを押すだけ。  やばい。これはやばい。心臓が胸を突き破って飛び出しそうなほど激しく脈を打ち、こめかみが千切れそうなほどズキズキする。俺は、滅多に掛けることのない妻の実家に電話した。 「もしもし」  電話に出たのは義理の父だった。普段ならお義母さんなのに。意表を突かれたが、ある意味話が早い。 「お義父さん。妻は、ユウコはそちらにいますか?」 「……申し訳ないが、私たちは君とユウコの仲を取り持つ気はない。離婚届は見ただろう? ったく、とんだ恥さらしだ。娘婿だから私の部署に栄転させてやったのに、このざまだ。次の異動で、君にはうちの部を出てもらう」  一方的に電話を切られて呆然としている俺に、妻からSNSでメッセージが来た。 『男を抱いた後に、私を抱いてたなんて最悪。しかも夫婦の結婚指輪とお揃いの指輪まで浮気相手に贈るなんてどういうつもりなの? この屈辱、二度と許さない』  ……どういうことだ? もう一度離婚届の入っていた封筒を覗き込むと、一枚の写真が出てきた。男の左手が二人分並んでいる。片方は俺だ。指の形やほくろで分かった。薬指には妻との結婚指輪が嵌められている。そして、もう一方の手にもお揃いの指輪が……。  まさか、あいつが? 俺の寝ている間に、こんな写真を撮ったのか……?  カタン、と部屋の郵便受けに小さい音がした。呆然とした俺が、暫く経ってから見にいってみると、そこにはこれ見よがしにブランド箱に収められた結婚指輪が入っていた。サイズを見るだけで分かる。これは妻のではなく、男のものだと。  恐ろしくて、とてもその指輪に何と刻印されているかを確かめることはできなかった。  俺の異動先は『社史編纂室』だった。  課長代理の行方は、誰も知らない。                                《了》 Twitter(X)で開催された書庫企画ルクイユの #ルクイユのほの怖いBL 参加作品です。 「何を怖いと思うか」作家次第という面白いイベントになっております。2023/8/31〜8/33(※間違ってない)開催中です!
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