社史には載らない

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社史には載らない

「こ、この写真は……」  ベッドやラブホテルの風呂で、肌もあらわに仲睦まじそうに笑顔で寄り添う俺と男性上司の自撮り写真の数々。撮った記憶はある。だが、どこから流出したんだ……? 「部長のお嬢様から、お父様に相談があったそうだ」  固まっている俺と、不機嫌そうにそっぽを向く部長――俺の義理の父――の顔色を窺い、腰巾着の年配の課長が間を取りなすように説明する。まさかプライドの高い妻が俺の携帯を覗いた? ……これは、俺の社会生命の危機だ。 「直属上長である課長代理からの誘いでは、どうしても断れませんでした」  瞬間的に、俺は上司のせいにした。重役の娘を嫁に貰っておきながら、社内で男と不倫だなんて、とんだ醜聞だ。俺が積極的だったと悟られるわけにはいかない。 「それなら、なおのこと義理のお父様に早く言わなきゃダメだよ〜、君。義理のお父様にも、奥様にも多大な心労を掛けたんだから」 「申し訳ありません。職場の和を乱してはいけないと思ったんです。課長代理には仕事の面でも色々とご指導いただいておりました。あまり強く拒絶して、新しい職場でやっていけなくなったらどうしようと……」  俺は憂鬱そうな表情を浮かべ俯き加減で、神妙に言葉少なに佇んだ。必要以上に喋りすぎるのは見苦しいしボロが出る。 「これは、課長代理によるセクハラとしか言えない事案だねえ」  課長が勿体を付けて呟くと、部長は課長代理に目線を向ける。 「……退職させていただきます」  俺を一瞥だにしない課長代理の横顔は青ざめている。痛々しさに、俺の胸はチクリと一瞬だけ痛んだ。            * 「本日からこちらに配属になりました、よろしくお願いします」  ミスターキャンパスや読モなどルックスで散々鳴らしてから社会人になった俺は、会社で早々に重役の娘を射止めて妻にした。そのお蔭で、義理の父が所掌する花形部署に栄転できたのだ。 「……初めまして」  地味な黒髪に白い肌。神経質そうに眼鏡を押し上げる細い指。俺の上司になったのは、やや陰気な課長代理だったが、俺を時折潤んだ瞳で見つめていることに気づくまで、それほど時間は掛からなかった。  初めて関係を持ったのは、俺の仕事のミスをリカバリーするために彼も残業してくれた夜だ。 「……すいませんでした、課長代理」 「良いんだよ。これも上司の仕事だからね。君も最後までよく頑張った。……軽く飲みにでも行かないか?」  いかにも部下思いの上司を装っていたが、彼の頬がほんのり染まっていたことに俺は目ざとく気づいた。二軒目の後、酔った彼をラブホテルに連れ込んで抱いたのは言うまでもない。 「いつから俺のこと、そういう目で見てたんです?」 「……君が入社した時。社内報の新人紹介写真を見て、カッコいい子だなあって思ってた。まさか俺の部下になるなんて思わなかった。……あ、でも、君に家庭があることは分かってる。部長のお嬢さんなんだろう? 俺は男で結婚もできないし、君に子どもを作ってあげることもできない。奥さんとの関係に波風を立てたりなんかしないから、だから……」  涙を浮かべて関係を続けたいと懇願する一途な彼に、俺もすぐ夢中になった。しかも、離婚や結婚をねだられないのが良い。彼が俺に惚れていて拒絶しないのを良いことに、かなり過激で際どいプレイも楽しんだ。  だが、その献身ぶりを最近重荷に感じていたのも事実だ。妻よりたくさんセックスしていた相手に対して薄情だと言われるかもしれないが、彼がセクハラ疑惑を掛けられても言い訳や反論すらせず、黙って去ってくれて正直助かった。
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