レンアイノート

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 ***  既に本人は帰ってしまっているようだし(多分トイレに寄って、その時落としてしまったとかそんなところだろう)、内容を考えると塾の職員に預けていくのも気が引ける。何より私自身が、中身が気になって仕方ない。  そんなわけで、悩みに悩んだ末私はノートを持ち帰ってしまっていた。ぼんやりしたまま風呂から上がり、自分の部屋で一人、ノートとにらめっこを始めてどれほど時間が過ぎただろう。明日、学校にこのノートを持っていき、隣のクラスに行ってタケミ君に何食わぬ顔で返す、それだけだ。前のクラスではそこそこ仲良くしていたし、話しかけるのも問題はない。隣のクラスで流行しているおまじないなら私が知らなくてもおかしくないだろう。レンアイノートなんか知らないし中身も見てません、そんなふりして普通に返せばそれでいいのだ。  問題は。 ――ど、ど、どうしよう。中身気になる、めっちゃ気になるよう!  レンアイノート。作り方は簡単だ。文房具店で、ピンク色の大学ノートを買ってくる。そして、暗闇でも光るペンでタイトルに“レンアイノート”と書き、裏表紙に自分の名前を別のペンで書く。そして、まっさらな中身のどこかに自分の名前と並んで、好きな相手の名前を書き、こう唱えるのだ。 『コイガミさま、コイガミさま、願いを聞いてください!○○と、両思いにしてください!』  たったこれだけ。大学ノートもペンも高くはないし、小学生でも十分にできるおまじないである。ノートを誰かに見られたら効力がなくなるなんてこともない。  問題は。レンアイノートは知っている者が見ればすぐ“そう”だとわかってしまうこと。それから、中身をパラパラとめくっていけば、作成者とその作成者が好きな人間が誰なのかすぐわかってしまうということだ。  このノートの作成者がタケミ君であるのは明白。つまり、このページを捲ればタケミ君が好きな相手がわかってしまうというわけで――。 ――ああああ!でも、でも!そんなの私が勝手に見ていいものじゃないし!ていうか、もし他の女の子の名前が書いてあったらショックなんてもんじゃないし……でもでもでもでも、滅茶苦茶気になるよどうしようううう!  タケミ君。  隣のクラスのムードメーカーで、去年の運動会の立役者。うちのクラスが優勝できたのは、アンカーを勤めた彼がごぼう抜きを達成したからに他ならない。風を切って走る彼は、小柄なのにそれを感じさせないくらい“大きく”見えて――とても格好良かったのである。気づけば誰よりも大きく拍手をしてしまっていた。歓声も煩かったかもしれない。明白すぎるほど明白な、初恋の瞬間だったのである。  彼は誰とでも別け隔てなく喋る方だし、きっと美人でも何でもない私のことなんて大して印象にも残ってないだろう。見込みなんてきっとない。それでも、浅ましい期待をしてしまうのはどうしようもないのである。  もし、ここに自分の名前が書かれていたら。  私はレンアイノートなんてものに頼ることなく、思いを遂げることができる。堂々と、彼に告白してもうまくいくことになるわけで――。 ――でもでもでも!そんなうまくいくわけないし!ショック受けたくないし、ていうかプライバシーの問題っ……!  結局。  私はもだもだと電気をつけままベッドで転がり続けることになり、やがて部屋に電気がついていることに気づいた母に“いつまで夜ふかししてるの!”と大目玉を食らうことになるのである。  電気を消しても、私はノートが気になって気になってどうしょうもなく。結局、その夜は殆ど一睡も出来ずに終わったのだった。
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