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ママは大変
「ねぇ~!ジュースぅー!早く飲みたい~!」
食卓のイスにちょこんと座った、三歳のカズ君の声が部屋中に響く。
「はぁーい!ぶどうとりんごがあるけど、どっちにする?」
私は大急ぎで冷蔵庫から、紙パックのジュースを取り出して、尋ねる。
「りんごでしょ!」
何故か偉そうな言い方のカズ君に、私はあんたの召し使いかッと心の中で毒づく。
(私は召し使いじゃなくてあんたのママだよ~!)
「ねぇ~。カズ君、T-REXが見たいなぁ~!」
とりんごジュースをぐびぐび飲みながら、可愛らしい声を出す三歳児。
T-REXとは言わずもがな、恐竜のティラノサウルスのことで、カズ君の最近のお気に入りだ。テレビで恐竜特集をするたび、録画してDVDに落としている。
私は「あんまり見すぎたら駄目だよ!」
と言いながらビデオデッキにDVDをセットする。
やっと、静かになったと思ったら、隣の部屋から「うぇぇ~ん!」と恐怖の泣き声が聞こえ始める。
カズ君の弟で一歳半のユウ君がお昼寝から目覚めたのだ。
ユウ君を抱っこして、よしよしとあやすと、今日は素直に泣き止んでくれた。
ユウ君の身体はあったかくて、子ども特有のいい匂いがして、気持ちが良くなる。
(ユウ君はカズ君より私に似てるなぁ~。カズ君も笑うと似るけど、ユウ君は真顔でも似てる。)
そんな妄想を書き消すように、ピンポーンとインターフォンが鳴る。すると、カズ君が凄い勢いで玄関に飛び出し、
「ママー!おかえり~!!」
と満面の笑みで、若い女性に駆け寄っていく。
私は、自分がカズ君とユウ君の伯母さんで、幼稚園も保育園も長期休みの二週間、共働きの弟夫婦の仕事が終わるまで、二人を預かっているのだと思い出す。
義妹であるホンモノのママが、「連日、すみません!今日もありがとうございました!」と申し訳なさそうに言うと、「おねえちゃん、また遊ぼうね~!」とのんきにカズ君が言う。まだ眠そうなユウ君はうつらうつらしている。そんな三人を乗せた車を笑顔で見送る。
『今日のお母さん気分は終了だ。』
やれやれ、終わったという安堵の気持ちと、胸に吹きすさぶ何とも言えない虚無感に、身体の力が抜けていく。
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