PANDORA

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それはある朝、つまりは今朝のこと。 ただ僕は道を歩いていた。 そして目前の角を曲がろうとした時のことだ。 彼女とぶつかった。それも派手に。 互いの荷物が散乱する。 その中に僕ら二人、尻餅をついた。 彼女は例の如く僕に罵倒を浴びせてきた。 「全く、どこ見て歩いてるのよ。危ないじゃないの」 「それはこっちのセリフだ。急に飛び出してくるなよ」 転んだはずみでぶつけた箇所が痛んだ。 彼女は尚もぶつくさと文句・罵倒を言いながら、散乱した荷物を拾い集め始める。 僕も、彼女の罵詈雑言を聞き流しつつ、それに倣った。 すると彼女があるものを僕に差し出した。 それは手のひらサイズの白い立方体だった。 「何、これ」 僕は困惑した。見覚えのないものだった。 「あんたのでしょ?」 「違うけど」 「は? 何言ってるの? 私のじゃないんだから、あんたのに決まってるじゃない」 簡単な消去法よと、彼女は呆れたようにため息を溢した。 しかし僕には本当に心当たりがない。 そんな僕の戸惑いを見てか、彼女は不安そうに口をついた。 「え、本当に違うの?」 さっきからそう言っている。 僕の首肯は彼女に見えただろうか。 彼女は自らの手に乗る得体の知れない小さな立方体を見つめ、 「じゃあ、これ、何?」 と呟いた。 「知らないよ」 案外、ここにもともと落ちていたものかもしれないと、そんな考えを口にする間もなく、彼女は厚紙で出来ているであろうその《箱》を開けた。 開けられるのか、ということより、そもそもそれが箱であることに気がついたのもそこで、僕はただ驚いていた。 そしてそのすぐ後、白い箱から黒い闇が飛び出してきたように思う。 それが僕らを覆いつくして-- そこからのことは、よく覚えていない。 これが、ここに来るまでの僕の最後の記憶だ。
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