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「それじゃあ、どうすれば良いのよ」
「二つ目だ。何かをしたいと思ってはいけない」
「何でだよ」
これには僕も黙っていられなかった。
「おや、君も話せるんだね」
「当たり前だろ。それより早く理由を話せよ」
「君はせっかちだね。いや構わないよ。理由を話そう、何、簡単なことさ。無駄なことだからだよ」
「無駄?」
「そうだよ、理解出来ないかい? 時は金なり。外に出たところで、一体何がどうなると言うんだい。無駄遣いは止しな。意味なんて何もないんだから。諦めは心の養生。ここも案外、住めば都さ」
厭世的だと僕は思った。
財布の言葉には希望がない。
「どうしてそう思うの?」
「おかしなことを聞くね。僕は無駄なことが嫌いだ。例えば、お菓子を食べたいと思うこと、ゲームをしたいと思うこと、オーロラが見たいと思うこと、歌が上手くなりたい、絵が、字が上手くなりたいと思うこと。なってどうなる? 見てどうする? 何も変わらない。ただ一時の欲を満たすだけ。何の役にも立たない。全部、無駄なことだ」
「お前、本気で言ってるのか」
「嘘は言わない」
財布がじゃらりと音を立てる。
「お前の世界は狭いな。人はな、そこに幸せを感じるんだぜ」
「幸せ?」
「そうだ。やりたいことをすれば良い。今は無駄に思うことも、いずれ良い思い出になる。経験が、自分を形作る礎となる。意味なんて、やりたいからで十分だ。お前も本当は、ここから出たいと思っているんじゃないのか」
沈黙。
財布の口金が下を向く。
チャリン、チャリン。
小銭が落ちる。
「思い出した。僕がここに来た時のこと。僕には夢があった。僕の中身を全て出し切っても成し遂げたい、そんな夢が。けど、誰かがそれを抑圧した。僕はそれに抗うことが出来なかった。それからのことは分からない。気がついたらここにいた」
それから先はおおよそ想像に難くない。
どこまで行っても闇。それはとても。
「つらかったね」
「君たちが思い出させてくれた。この箱に縛られるなんて馬鹿げてる。最後だ。僕の知っていること。この先に、僕と同じような奴がいる。そいつの話も聞いてくれ。それがきっと、ここを出る鍵になるだろう」
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