3話

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3話

 そうして迎えた三周年イベント当日。  さすがにこの日は雪哉の家には泊まらなかったらしく、実家に居た士朗から昼前に連絡が来た。  幼稚園の頃からの幼馴染みで、二人とも引っ越し等はしていないので、家はずっと近所のままだ。  お互い大体の準備時間配分を把握している所もあり、待ち合せは駅前だったが連絡を受けてから最寄りの駅に向かう途中で士朗に会った。  二人で駅に向かっていると、そう遠くない距離にもかかわらず、士朗は老若男女何人もの知り合いに声を掛けられていた。  高校を卒業して以来、一緒に出掛ける事は減っていたが、相変わらずのコミュ力の高さと顔の広さである。  未だにこのコミュ力おばけ士朗と、無口で無表情な雪哉が恋人同士だという取り合わせは不思議で仕方ない。  あの日以前に交流がなかった事は、敏之自身も同じクラスだったから知っているので、出会いは間違いなく『ファンサガ』なはずなのだが、それなら余計に何故今日一緒じゃないのだろうと思ってしまう。  雪哉ならリアルイベントに興味がないとしても、士朗の喜ぶ顔を見る為だけの理由で付き合うだろう事を確信していた。  高校時代校内では完璧なまでに見せなかったが、敏之だけは校外やゲーム内での二人の様子を、少なからず知っている。  だから雪哉の士朗への溺愛ぶりを、敏之は恐らく当の本人である士朗以上に察していたので、今回の件は本当に驚きと言うよりは疑問を感じてしまうのだ。  とはいえ憧れの開発者の話が聞けるイベントなので、声を掛けてくれたのは有り難いし楽しみでもある。  疑問を抱きつつも、雪哉が来られなくなってラッキーだと思ってしまったのも否定はしない。  実際、イベントは大変楽しかった。  制作者だけではなく人気声優がサプライズ登場し、アニメ化決定の発表と共にゲーム内でアニメ連動イベントの開催が予告されたのには驚いた。  会場中が熱気に包まれ、隣に居た士朗も例外ではなく「すげー」と興奮気味に声を漏らしていた。  登録者数もうなぎ登りだし、発売当初からのプレイヤーとしては「ここの所賑わってるなぁ」位の感覚だったのだが、思った以上に『ファンサガ』の人気は高いようだ。  会場の男女比も見渡す限りではほぼ同数で、ターゲット層が広い事にも原因があるのだろう。  仮想空間でのんびりした時間を過ごす方法が充実しているのでライトユーザーが棲み着きやすく、冒険に出ると戦術が必要な難関クエストも用意されているのでヘビーユーザーを飽きさせるような事も無い。  個人戦ももちろんあるが、パーティやギルドを組んでわいわいと素材を集めたりするランキングクエストも定期的に開催されるので、上位ランカーと知り合ったり同レベルでも団結して役割分担を上手く行えば、中級層がランキングに乗る可能性も残されていて、やる気を落とさせない工夫もされている。  しっかりとしたメインストーリーも用意されているので、誰とも交流せず楽しみたい層も長く楽しめる。  そういう所が総合的に評価されて、アニメ化という道が開けたのだろう。今後も益々人気は高まりそうだ。  最初にこのゲームを一人の大学生が作ったと知った時は、信じられない驚きと共に、純粋に凄い人がいるものだと感心したものだ。  今は会社を立ち上げているが、ユーザーが増えた今もまだ実際にゲームを作っているのは、その開発者と数人のエンジニアだけであるらしい。  実際に、壇上に立って話していたのはまだ二十代と思しき若い男で、もっとゲームにしか興味が無いような絵に描いたようなもさっとした男を勝手に想像していたのだが、どちらかというとアイドルの様な一見ゲームとは無縁そうな甘いマスクの男性だったので、想像とのギャップに驚いた。  だが語られるゲームへの愛情と熱意は真っ直ぐで、今日で確実に憧れは増したと言って良い。  敏之の夢がゲーム開発の道へと向いたのは、間違いなくこの男の存在故と言っても過言ではなかった。いつか、一緒に何かを作り出せるようになるのが敏之の目下の目標だ。  制作の裏話や新しい機能、広がる世界の発表に加えて、声優を迎えたアニメ化の発表は会場を大いに盛り上げた。  予定されていた一時間はあっという間に過ぎ、ラストはオープニングテーマを歌うアーティストの発表と新曲の初出しライブで飾られ、今後の期待値は最高潮だ。  そして最後の最後に開発者が挨拶した際にパスワードが発表され、それを本日中にアプリ版へ入力することによって、『会場限定クエスト』が解放されるとの発言が有り、サプライズからのサプライズに最後まで観客を沸かせ驚かせた。 「凄かったな! 三周年イベントもアニメもコラボイベントも楽しみだ!」 「そうだな。俺もてっきり三周年イベントと大規模なアップデート情報くらいだと思っていたから驚いた」 「これからもっと盛り上がると良いよなー。ずっと遊んでたい」 「楽しいのはわかるが、ちゃんと寝ろよ……?」 「わかってるって、今回みたいな無茶はもうしない……多分、暫くは……」 「その言い方、すげぇ怪しい」  高校の頃から、夢中になると睡眠時間を削ってプレイしがちだった士朗を諫めてきたからこそ、語尾が小さくなっていく士朗に苦笑が漏れる。  今その役目は雪哉に変わったはずだが、夢中になるとあまり言う事は聞いていなさそうだ。  雪哉もゲームなんて興味ない様な顔をして『スノー』の名前はしれっと常に上位に居る事から、夢中になるタイプなのかもしれない。そういう所が士朗と合うのだろうか。  止めるどころか一緒になって付き合ってしまいそうで心配になる。ゲームのし過ぎで二人共倒れるなんて笑えないので、まだ暫くは声を掛けていこうと決心した。  だが確かに今後が楽しみになったのは敏之も同じだ。敏之としてはやはりアニメ化よりも、大型アップデートの内容の方が気になる。  今日は今までリアルイベント等一切行っていなかった『ファンサガ』からすれば本当に貴重な一日で、一時間以上に渡って会場を貸し切っての開催という事自体が凄い事だったのだが、それでももっとずっと開発者の話を聞いていたかったと思ってしまう。  楽しい時間というのは、得てしてあっという間だ。
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