6話

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6話

「勝手に話を進めてしまって、すみませんでした。酒井の代わりに何でもしますから、使って下さい!」 「可愛い子かと思ったんだけど、随分格好いいねぇ。えっと、田辺くん……だっけ?」 「はい」 「何でもしてくれるの?」 「正直、あまり体力に自信はないですけど、頑張ります」 「うん、そっかぁ。じゃあ色々お願いしようかな」  ふふ、と笑いながらこっちこっちと手招きされる方向に、素直に付いていく。  勢いで引き受けたバイト代理だったが、目の前に居るのは憧れのゲームを作った開発者だ。恐らく仕事は機材や会場の撤去作業だろうから、これ以上隆宏と話せる機会はないのかもしれないが、少しでも関わり合いになれた事実は、正直嬉しい。 (そういえば、余りにも衝撃過ぎてちゃんと飲み込めていなかったけど、この人酒井と親戚なんだよな?)  雪哉があまり笑わないので、ずっとにこにことしている隆宏と印象はかなり違うが、その横顔は確かに雪哉の従兄というだけあって、少し面影が似ている気がしなくもない。  だが余りにも性格が違いすぎて、例え先程の様に二人が並んでいたとしても、言われないとわからないレベルだ。 「なぁに? 僕の顔に何か付いてるかな」 「い、いえ。すみません。俺『ファンサガ』の開発者が酒井の従兄だって知らなくて、ちょっとっていうか、かなり吃驚しているというか……」 「隆宏」 「え?」 「僕の名前。そう呼んでくれたら嬉しいな。僕も「酒井」だからね」 「あ! そうですよね、すみません。今のもさっきのも、呼び捨てた訳じゃなくて……」 「わかってるわかってる。雪を探してたみたいだし、君と僕は初対面だもんね。田辺くんの下の名前は……なんだったっけ」 「敏之です」 「じゃあ僕も、敏之くんって呼ばせて貰って良い? それなら呼びやすい?」 「はい、あの……ありがとうございます。隆宏さん」 「わぁお。いいね……うん、凄く良いよ敏之くん」  敏之が気後れしているのを見抜き、先に下の名前を呼ぶ提案をしてくれた隆宏の優しさに、ほわっと心が温かくなって、照れながらも遠慮無く名前で呼ばせて貰う事にする。  本来ならこんな風に話す事も出来ないはずの人に、気軽に話しかけて貰える日が来るなんて思ってもいなかった。  憧れの人は格好良くて優しくて、そして何故かちょっと距離が近い。 「あ、あの……?」 「実はね、雪から『デン』くんの事を聞いていて、実はソロプレイの難易度の参考にさせてもらってたりもしてるんだよ。いつも遊んでくれてありがとう。ずっと会わせてって頼んでたんだけど、雪の奴ったらなかなか紹介してくれないから、今回ちょっと権力使っちゃった。でも……うん、正解だったな」 「え、あっと……光栄です……?」  隆宏が、『デン』の事を知っていたなんて初耳だ。  士朗とはちょくちょく会うが雪哉とは早々会わないし、そこまで仲が良いわけではない。敏之の事を、従兄とは言え第三者に話していたのは、意外だった。  初期からのプレイヤーではあるが、『デン』は『スノー』や『ありす』の様に、ゲーム内で他のプレイヤーから注目されているような人気者でもないから、開発者の目に映っているとは思ってもいなかったが、知らず知らずの内にでも憧れの人の役に立っていたのなら嬉しい。  だが権力を使ったとは、どういう意味なのだろう。  ここまでパーソナルスペースの狭い人と会うのは初めてなのだが、隆宏はふわふわとした柔らかな印象だからか嫌悪感はない。  距離の近さにおののきつつも、隆宏が普通に会話を続けてくるのでそのまま流されてしまい、結局疑問は言葉にする前に消えていった。 「さ、じゃあちょっと働いて貰おうかな」 「わかりました。何を運びますか……って、あれ? ここは?」  連れて来られた先は、誰も居なくなった会場の控え室。  スタッフルームだったであろうその場所は既に綺麗に片付けられていて、元々置いてあったらしい机とパイプ椅子がぽつんと置かれているだけだった。  てっきり荷物を運ぶ仕事だと思っていたので、何も無い部屋に連れて来られた事に首を傾げる。  先程まで集まっていた他のスタッフ達もいない様なので、敏之に何をさせたいのか検討もつかず戸惑っている横で、隆宏は部屋の中にある唯一片付ける可能性があるパイプ椅子に、「よいしょ」と座ってしまった。 「はい、ここに座って?」 「…………っえ?」  ぽんぽんっと示された場所は、隆宏の膝の上だ。意味がわからない。  何かの例えだろうかとも考えたが、にこにこと敏之が動き出すのを待っている隆宏の様子からは、どう考えても言葉通りの意味以外のものを持っているようには、見受けられなかった。  だが子供ならともかく、後数年で成人になる男子に向かって、その指示は明らかにおかしい。  いくら何でも許される様なイケメンでも、女性に対してだって初対面でその発言は、セクハラだと捉えられかねないだろう。  隆宏の思考がわからなくて固まってしまった敏之を、隆宏は急かすことなくにこにこと、ただ待ち構えている。  敏之が何かリアクションを取らなければ、この状況は変わりそうにない。  からかわれているだけなのかもしれないと、気を取り直して曖昧に笑ってみたが、その表情は全く変わらなかった。  優しい笑顔というのは、普段向けられる分には安心感があるものなのだが、からかっているのか本気なのかの境目がわかり辛いものでもあるのだと、初めて知る。  そんなに広い部屋でもない。のろのろとした足取りでも隆宏が座っている場所にはほんの数歩で辿り着いてしまった。  もちろん、その膝の上に座るわけにはいかない。戸惑いながらその姿を見下ろすと、隆宏は招き入れるように両手を広げた。 「おいで?」 「い、いやいやいや。冗談ですよね」 「ん? 冗談なんかじゃないよ」 「これ、が……酒井のバイト内容なんですか?」 「違う違う、雪にはこんなことする訳ないじゃないか。敏之くんだからだよ」 「なんで俺……」 「わからない?」  笑顔に妖艶さが混じり、狙われた獲物のようにぞくりと敏之の背筋に一瞬震えが走る。  これはつまり、そういう意味で狙われているという事なのだろうか。  だが、隆宏とはついさっき出会ったばかりのはずだ。いくら雪哉から『デン』の事を聞いていたからといって、敏之自身にそこまで興味を持たれる理由がわからない。  だが二人きりのこの空間で、この状況で、いくら恋愛経験がないからと言って気付けない程、敏之は子供でも鈍感でもなかった。
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