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それから私は、顔の綺麗な男が死ぬさまを、見たくて見たくてたまらなくなった。
普段は虫も殺せない私だけど、人間となると話は別だ。
非力な私が直接手を下すのは難しいので、事故に見せかけて人を殺した。
非力な私が他人の命を握ってるのは面白かった。
通勤ラッシュの駅のホームで線路に人を落としたり、酔っぱらいを階段から突き落としたり、ハイキングの人を眠らせて寒い山で凍死させたり。
こういうのを猟奇的快楽殺人っていうんだよね。
でも、用心しながら少しずつやっていたら案外バレないもので。
そんな生活をしながら私は社会人になった。
その事実もまた最高に楽しかった。
あの日も、私は顔の綺麗な獲物を探していた。
飲み屋街の近くの丘の上の公園。住宅地までの近道ということで酔っぱらいがたまに流れてくる。
ふらふら歩く人を階段から突き落とすのは、そんなに難しいことじゃない。
月の明るい夜だから、好みの顔かもよく見える。
でもその日は、しばらく待っていても良い人が現れなかった。
そういうこともある。ハンターとか、釣り人とかと同じ。いつも収穫があるとは限らない。
帰ろうかと思ったその時、背の高い人が歩いてくるのが見えた。
顔を盗み見る。
秋山くんだ。
そう思ってしまった。
私がプールで見殺しにした秋山くん。彼が死なずに生きていたら、こんな感じかなあと思った。
嬉しくってどきどきする。
なんにも知らずに無防備に歩くその後姿。
早く殺したくてたまらない。
私は静かに駆け寄る。そして、その背中を思いっきり押した。
はずだった。
「……あれ?」
私の手は空を切っていた。
嘘、かわされた?まさか。
階段のてっぺん。私はバランスを崩す。
まずい。このままじゃ、私が死ぬかも。
バランスを崩した私の腰に手を回し、彼は後ろから私を引き寄せた。勢い余って尻もちをつく私。その下敷きになる彼。
「まったく……僕じゃなかったら死んでましたよ」
私を後ろから抱えたまま、耳元で囁く。
「どうして僕を殺そうとしたの、お姉さん?」
振り返る私。目が合う。そっと微笑む男。
どうしよう。謝ればいいのか。事故のふりして。
ごめんなさいと言いかけて気づく。
私の首元に鋭いナイフが当てられていることに。
「ちゃんと答えてほしいですね、お姉さん」
その時わかった。
この世には、私以外にも殺人者がたくさんいるってことが。やっと会えた同好の士かもしれない人。
出会ったら最後、死ぬしかない。どちらかが。
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