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でも、今は泣く場面じゃない。
静かに息を吐き出すと、私はゆっくりと俊成君から体を離した。
俊成君は私をもう泣かせないって、宣言してくれた。だから微笑んでいたい。
「大丈夫だよ」
ありったけの気持ちを込めて、精一杯の笑顔を浮かべてみる。
「ゴールデンウィーク、待ってるね」
「うん」
「夏はそっちに遊びに行く」
「うん。待ってる」
「私も」
私も、待ってる。
もう一度、俊成君を見つめてから微笑んだ。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「……行ってくる」
俊成君が私の頬をそっと撫でてから、階段を下りていった。
一段降りるたび、その距離の分だけ少しずつ、俊成君が離れてゆく。踊り場を経て次の階段へ曲がる直前、俊成君の視線が私を探す。慌てて手を振ると、彼の口の端に笑みが広がり、そしてそのまま姿が隠れた。
俊成君が去った後も、それからしばらく気が抜けたようにただ階段の前で立ち尽くしていた。
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