幼き日々

1/3
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ

幼き日々

それからのこと、亨兄は毎日のように遊びに来てくれたとのこと。(私の記憶にはない。あとから母に聞いたこと)私が覚えているのは、唯一、亨兄にこんなことを言ってしまったということ。 「とおるにい、おおきくなったら、あーちゃんをおよめさんにして」 亨兄は、くすくす笑いながら、こんな風に答えた。 「いいよ。あーちゃんが、それまでに他の人を好きにならなかったらね」 「ならないもん。あーちゃんは、とおるにいのことだけがすき」 「ありがと、あーちゃん。僕も、あーちゃん、大好きだよ」 その半年後、私は小学校に入学。ピンク色のランドセルを買ってもらって、ピッカピカの1年生、だった。一方、亨兄は、中学1年生に。部活は陸上部に入り、これまでのように放課後遊びに来る、と言うことが出来なくなっていった。土曜日も、練習のことが多く、練習の後はくたくたで私の世話なんて焼いている暇はなかったのだ。 部活に入って最初の日曜日、久しぶりに遊びに来た亨兄は、すっかり陽にやけていた。 「亨くん、部活、厳しいの?」 母が聞く。本当に久しぶりの訪問だったからだ。 「はい、めっちゃハードです。でも、日曜日は休みだから、遊びに来れるよ、あーちゃん」 「にちようびだけ、なの?」 目をウルウルさせながら、亨兄に聞いた(らしい)。 「あーちゃん、亨くんを困らせないの」 「はぁ~い」 なんだかんだで、日曜日は両家そろってピクニックに行ったりすることが多くなった。私は、親鳥になつくひよこのように、亨兄にくっついていたらしい。 そして、5月。亨兄は初めて大きな大会に出ることになった。亨兄の種目は100メートル走。 「とおるにい、とおるにい、がんばってね」 「ありがと、あーちゃん」 応援に駆け付けていた私たち親子は、固唾をのんで亨兄のレースを見守っていた。 出だしはよかった。2番手、1番手に迫る勢い。だがしかし、ゴール直前につまずいて転倒。そのまま起き上がらない亨兄を心配して、駆け寄る私。亨兄は、悔し涙を流していた。 「とおるにい、だいじょうぶ?いたいの?いたいの、いたいの、とんでけ~。あーちゃんのひざにとんでこい」 亨兄は、はっとしたように私を見て、言った。 「ありがとう、あーちゃん。痛いのは飛んでったよ。ただ、悔しいだけさ」 「とおるにい、つぎ、がんばろう。つぎも、あるんでしょ」 「ああ、次は2か月後にあるよ。今度こそ、1位を取ってやる」 「そのいきだよ」 私は、ふんぞり返って言った。 その様子を見て、笑いが止まらない亨兄だった。 悔しいけれど、私は、この記憶がない。亨兄から後から聞いた話だ。ずいぶんこまっちゃくれた小学校1年生だったんだなぁ、と後から思う。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!