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第二校舎の東塔の最上階には魔法の鏡がある。
そこに深夜零時ちょうど、誰にも見られず姿を映して願い事をすれば、その願いは叶えられるのだという――――…………
そんな学園の七不思議を信じたのは、ひとえに雪華(せつか)が切羽詰まっていたからだろう。
夜中にこっそり女子寮を抜け出して入り込んだ校内はしんと静まりかえっていた。
螺旋階段を登って行き着いた先は、がらんとした空間。空き教室となっているそこは普段誰も立ち寄らず、物置と化している。
箱やら使わない机、椅子やらが雑然と積まれた中で、大きな姿見が一枚、壁に立てかけられていた。
埃をかぶった鏡はごてごてとした装飾で周りを覆われていて、控えめに言っても趣味が良い代物ではなかった。特に枠の上部に彫られた白鳥は、よほど職人の腕が悪かったのか、どうにも不細工だった。だが、これがおそらく目的の品だ。
外から鐘の音が聞こえる。時刻零時を知らせるその音を聞きつけて、彼女は持っていた燭台を足下に置いて、鏡の前に立った。手垢まみれの鏡面に、青い目に白銀の髪の、寝間着姿の少女の姿がぼんやりと映る。
彼女は胸の前で手を組み合わせ、目を閉じた。
「どうか――……」
紡がれた祈りの言葉に呼応して、鏡から黒いもやが吹き出した。妖しいもやは覆い被さるようにして彼女の姿を包み込む。あっという間に視界が奪われ、背筋に寒気が駆け上がる。己を取り巻くおぞましい気配に、彼女は我を忘れて叫び声を上げた。
そして、全てのもやが晴れたとき――――――…………
* * *
なんてことだ。私は鏡に映る美しい、けれど見慣れない「私」の姿を前にして、頭を抱えた。
なんと私は、物語の中の悪役令嬢になってしまったらしい。
そもそも私が誰かというと、園田 真夜(そのだ まや)という名前の、特に美人でもない地味な一般人である。ちなみに大学二年生。学校でちょっと嫌なことがあって、ストレス発散するべく缶チューハイ一本と大量の本をお供に、一人で家飲みして寝落ちしたところである。
余談だが本は買ったわけではなく、図書館で借りた。買った方がストレス解消になるだろうが、学生はお金が無いので仕方がない。
その時に読んでいたのが、架空の王国を舞台にした少女小説、『恋は春の庭の片隅に咲く』である。
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