extra story ある雨の日に。

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extra story ある雨の日に。

窓を閉めていても聞こえる、ざあざあという雨音。 どんよりとした厚い雲に、何処か遠くで鳴っているのだろう雷鳴。 休日だから良かったものの、これが平日だったら学校休んでるかも知れない。 いや、せっかくの休日なのにこんな天気じゃあ出かけるにも出かけられなくて憂鬱になるだろう。多分、普通は…。 なのに。 「………嬉しそうね」 「えっ!そ、そんなことないよ?そんなわけないじゃん!」 相変わらず、隠すのが下手だなぁ。そこが良いんだけどさ。 どんよりとした天気を窓越しに眺めながら、おれの同居人…まぁおれが無理矢理押し掛けたんだけど…は、どこかほわほわといつも以上に穏やかな雰囲気を纏っている。 嬉しそう。うん、尻尾があったら振ってるんじゃないかなぁ。 その理由をきっと不純だとか、また自分は最低だとか言わないか少々心配ではあるんだけど。 その理由のおかげで彼が嬉しそうにしてくれているってことが、おれにとってもすごく嬉しい。 だって今日は大雨だ。太陽は完全に隠れて、そして時刻はまだ午前中。 おれが話せる日。 夜を待たなくても、この喉から声を発することが出来る日だから。 本当は夜よりもちょっと声が出しづらいこと、彼は分かっている。 だからなのか…あまり嬉しそうなカオをしないようにきゅっと力を込めながらもやっぱり隠しきれていないのが愛おしい。 いいんだけどな。堂々と喜んでくれたって。 いつからか分からないくらい前からあるおれのこの体質は、そりゃ確かに厄介で煩わしいこともあったけれど。 今だって何度でも苛々したりすることはあるけれど。 彼と出逢わせてくれたのだから、少しくらいのことならば目を瞑ってやろうと思うのだ。 あの日の駅での出来事はそれくらい、おれの人生を変えたものだから。 「ゆうが」 「なに?あの…いくら雨だからって無理して喋らなくてもいいんだよ…?」 「んーん。いわせて」 呼ばせて、かな。彼の名前を呼んだだけで、外の雨音が嘘のように何処か遠くへ薄らいでいった。 雨が止んだワケじゃない。ただこの空間にだけ不思議な膜ができて、ふんわりと包み込まれてしまったみたいだ。 「ナ、ズナ」 「ユウガ」 「うん」 「ゆうが」 「うん。ナズナ」 だいすきだよ。いつもありがとう。じぶんを傷つけないで。最低だとか言わないで。 いつもそばに居てくれてありがとう。おれも、もっと強くなるよ。 お前に自己嫌悪とかさせるヒマもないくらい甘やかすよ。 もう、離せないよ。ごめんね。 だいすきなんだ、ごめんね、ありがとう。 こんなおれをそばにおいてくれて、ありがとう。 全てを伝えきることはできなくて、おれはただ名前を呼んだ。何回も何回も、ユウガが心配してもういいよって言ってくれても。 声に想いが宿ればいいのにな。雨が滴る窓際で近くの体温を引き寄せると、彼は抵抗もなくおれに凭れかかった。 「なぁ、ナズナ」 「んー?」 「極夜のところに行こうか。そうしたら…」 そうしたら。その先は言わなくても何となく分かるけど。 極夜があるところって確か北極圏とか南極圏で、めちゃくちゃ寒いんじゃないの。 一日太陽が昇らないってことはそれなりに大変なことも多いだろうし、生活も大変そうだし。 オーロラが見られるかも知れないってのはちょっと気になるけど、一緒に見てみたいとは思わなくもないけど。 それでも寒いのが苦手なこいつが生活していけるとは思わない。 旅行と暮らすのとじゃ、全然違うと思うし。 「ユウガはそれでいいの」 「俺は…お前と一緒ならどこでもいい」 ………うぁ。 「………うぁ」 「え、なに今の声」 変な声出ちゃったじゃん。折角昼間でも喋れるからできれば格好良いこととか言ってみたいのに、よりにもよってめちゃくちゃ変な声出ちゃったじゃん。 こんにゃろう。あとで覚えてろ。 ふうっと長い溜め息を吐くと、腕の中の温度がピクリと揺れた。 怖がらせちゃっただろうか。 ばか。ホントばかだよなぁ。 「ありがとうな。その提案も魅力的だけどおれは…ここでいい。ここがいいかなぁ」 「どうして?」 「それは…」 陽の光に照らされて笑うお前の姿が、結構好きなんだ。そう言えるのはいつになるだろう。 例え言葉が交わせたって、全てが伝えられるものばかりじゃないことを。 きみに出会って初めて知った。
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