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今日は確かスーパーでタイムセールがある日。
元々自炊はする方だったけど、ナズナと暮らすようになってからは交代でご飯を作ることが多くなった。たまに一緒に作ったり、買ってきたりもするけど。
いくらルームシェアで家賃が安く抑えられてるっていっても日々の出費はできるだけ安く済む方が良い。
切り詰めてるって訳でもないけど、やっぱり好きなことに使えるお金は多い方が良いし。
…それにお金が貯まったら、ナズナと旅行とか行けるかも知んないし。
テレビ番組を見て温泉に行きたいと呟いていた彼を思い出して、何だか胸がほわほわと温かくなった。むずむずする、気もするけど。
友達と旅行って初めてな訳じゃあないのに、こんなにどきどきするもんだっけ。
まだナズナには旅行に行こうとも話してないのに、約束もしていないのに俺ってやつは気が早すぎる。
そんなことを考えながら廊下を歩いているとふと、見慣れた姿が視界に映った。
毎朝洗面所で見ている後ろ姿だ。
あれ、ナズナじゃないか。
一緒に居るのは友達…じゃなさそうだなぁ。
またナンパされてるんだろうか。
いつかの駅での出来事を思い出しながら集団に近づく。何をしているのか聞かなくても、彼を取り囲む人達の表情ですぐに分かってしまった。
軽く頬を赤らめて、口角を上げながらナズナを見上げている。紅い唇は艶やかに色めいて、大きな瞳はきらきらと彼を見上げていた。
その光景はもう何度も見てきたはずなのにどうしてか、胸がざわめく。
さっきまでほわほわしたりどきどきしていた俺の胸は今日は何だか忙しい。病院に行った方がいいのかな。
ナズナの表情は見えなかったけれど、助けが必要なのかと思って俺は更に近づいた。
そうして、ピタリと動きを止めた。
「悪いけど、おれに話し掛けないで」
「え」
何だろう、今の…。
咄嗟に隠れてしまったけど…。
その一言を聞いた子達は気まずそうにその場を後にしていた。だが俺は、柱の影で動けないまま思考を巡らせる。
今日雨だったっけ?いいや、空は真っ青で、雲ひとつない快晴に見える。
じゃあまさか今は夜か?
そんな馬鹿な。真昼間だよ…な?
何度時計や空を確認してみても、間違いなく夜ではないし雨でも曇りでもなかった。
じゃあさっきのは何だ?
俺の聞き間違いだろうか。いいやそんなはずはない。
俺は確かに聞いてしまった。
聞いてしまったんだ。
そして確信した。だってもう、何度も聞いてる。それが間違えようもない、彼自身の声であると。
もしかして、ナズナって…。
昼間でも話せるの…かな。
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