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「ユウガどしたー?今日元気ない」
「…いや、うん、ちょっと疲れただけ」
「………」
「ホントだって!もう寝よかな!明日早いし」
「授業午後からだろ」
「いや、その前にほら…まぁ」
「ユウガ」
「あ、教授に呼ばれてて!そんでちょっと早めに」
「ユウガ」
「行かなきゃ…で…」
「…もういいよ、ユウガ。お前って本当に嘘吐くのヘタな」
そういうお前は、なんて。
今めちゃくちゃ最低な考えが過ったこの頭を、もういっそ思い切りぶん殴ってしまいたい。
俺はどうして動揺してるんだろう。
例え昼間のあれがナズナ本人の声だったとして、それが時間も天気も問わず発せられたものだったとしたら。
それって喜ぶべきことなんじゃないの。
何かしらの理由で急に治ったのかも知んないし、もしかして今までのが嘘だったとしても別に落ち込むようなことなんてないし。
…今までの、嘘とは到底思えないんだけどなぁ。
やっぱり突然話せるようになったのだろうか。
ならやっぱり喜ぶところだよな、ここは。
なのにどうして。俺には何も…。
「ユウガ」
「…やっぱ疲れてるみたいだ、ゴメン」
もう寝るな、そう言ってナズナに背を向けたのに身体はその場から動かなかった。
いや、正確には動けなかった。なんでか。
手首が掴まれていたから。なにに?
見慣れた色白の手に。
毎朝俺の寝癖をからかう、細い指に。
「ナズナ、離し」
「話してくれたら離す」
「なにを。なにもないよ」
「そんなカオでなにもないワケない。話して」
「…何でもないってば」
「そっとしとこうとも思ったよ。だけどそんなカオされて、放っとけるはずないだろ。何で独りで抱え込むの?おれには言えないこと?」
こんなに必死な彼の声を、多分今までで初めて聞いた。いつもは穏やかで淡々としていて、こんなに取り乱すことなんてないのに。
振り返ると声の通りの表情があった。
痛々しい、まるで自分が大怪我でも負ったような顔をしてる。何でそんなに優しいんだろう。
俺なのに。
お前がそんな顔で心配してくれてるのは、こんなにも浅ましい俺なのに。
「言えない…こと…なのかな」
ポツリと溢したひとひらも、彼には簡単に拾われた。ぎゅっと掴む手に力が籠ったのが分かる。
手は痛くないのに。痛い。
どこか別のところが痛い。
「もしかして…おれに関係あること?」
「えっと…」
「おれ、ユウガに何したの。お願い、教えて」
「何にもしてないよ…」
「おしえて」
あぁこれは…逃げられないや。
手が掴まれているからとか、同じ家に住んでいるからとか、そういうことは関係なくて。
ただじっと逸らされることのない黄色が、たまに金色にも見えるその瞳が一等頑丈な鎖みたいに俺を絡めとってしまったから。
いつからだったろう。
多分気づいたらもう、捕まってたんだと思う。
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