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――がたん。
――ぱんっ。
――どんどんどん。
大学に進学し、一人暮らしを始めたのは、数か月前。授業やバイトにてんやわんやで、布団に入ってもろくに休んでいる気にならなかったが、最近は漸く落ち着いてきて、身体を休めるという事に集中出来るようになった。
その頃、漸く、である。
真夜中、俺一人が毛布に包まっているこの空間で、覚えのない物音が頻発していた事に気が付いたのは。
俺の住んでいるのはアパート。隣や階下の住人が騒いでいるのかもしれないとも考えた。
だが、こういった場合によく展開される、まさに王道のパターンが、俺の身に起きた。
俺の部屋の隣はおろか、階下の部屋全てに、誰も住んではいないのだ。他の人とのコミュニケーションを取らずに済むから良いかと、俺自身がここを選んだ。
それに、音は、明らかに俺の部屋の中から聞こえている。
朝になると、何事もなかったかのように部屋は静まり返っている。小鳥のさえずりが聞こえる中、俺は毎朝、壊れたものや昨晩と違う場所に動いているものはないか確認するが、それらしい形跡は見つけた事がなかった。
これが所謂、ポルターガイスト現象というやつである。要するに、心霊現象なのだ。
ところが、人間とは恐ろしいもので、これが数回続くと、いつしか慣れてきてしまう。俺も一週間が経った頃には、何時頃にどんな音が鳴るかの把握まで出来るようになっていた。
結局は此処に住むしかないのだ。経済的に裕福な訳ではないし、大学にだって一度は進学する事を諦めかけた。
「絶対に負けないからな!」
暗闇の中、鳴り響く不審な音を掻き消すように、俺は叫んだ。
しかし、俺の我慢もそろそろ限界を迎えつつあった。やはり音が鳴る事を我慢出来はしないし、ある程度鳴る時間が分かっていても、身体が妙に構えてしまって、ちっとも休む事が出来ない。
身体も参り始めて来た頃だった。
母から、一本の電話が入った。
「学校はどう?」
「ああ……成績は心配するなよ。今期もちゃんと単位は取れそうだからさ」
「そう……」
「もうすぐ夏休みだしさ。バイトも空けて、暫くそっちに帰ろうと思うんだ」
実家に戻りたかった。温かいあの家に。
ポルターガイストの音を聞くくらいなら、母の料理する時の音や、掃除する時の音や、そんな懐かしい生活音を聞いていたい。
「分かった。その時はまた連絡してね。お父さんと一緒に、待ってるから」
その時、はっとした。
俺はついつい、忘れていた。
父は、俺が大学受験中に病気で亡くなった。
家を離れて大学に進む事を父は反対し続け、俺はそれに歯向かい続け、そうして仲直りもろくに出来ないままに、父はこの世を去った。
父は、もうどこにもいないのだ。その悲しさや後悔を誤魔化したくて、俺はいつのまにか、父との記憶に蓋をしながら生きてきたようだった。
「……ごめん」
その夜は、布団の中で蹲って、泣いていた。
昔から不器用だった父、そして俺。お互い素直になれなかった事を、俺も、父も、後悔しているのだ。
――がたん。
俺は布団から起き上がった。当然ながらそこには、誰の気配もない。
毎晩のポルターガイスト――どうして今まで気が付かなかったんだろう。
――ぱんっ。
「……もう、心配すんなよ」
俺は、思わず呟いていた。
――どんどんどん。
毛布をひっ掴むと、俺は毛布に包まって、ぎゅっと身体を丸くした。
そうだ、そうだったんだ。
これは、亡くなった父が、不器用にも俺を見守ってくれているつもりなんだ。
だからさっき、自分の耳元で、「違う」と聞き覚えのない声がしたのは、きっと気の所為なんだ。
――了。
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