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よるの余白
室内灯からぶら下がる紐をカチリと音がするまで引く。
一回、
二回、
三回。
外側の蛍光灯、内側の蛍光灯、常夜灯の順に灯りが消えて室内は暗くなっていく。
常夜灯のぼやけたオレンジは、昔見た戦争映画の空襲のシーンを思い出して怖くなるから、灯けない。
電気が消えてからしばらくの間はまぶたの裏の暗闇と、見開いた目で見る暗闇とはほとんど同じ暗闇だけれど、まばたきを繰り返すうちに二つの暗闇は徐々に隔てられていく。
次第に形を取り戻していく室内は、それでも細部を闇に溶かしたままで、見慣れた部屋の景色からディティールを奪っている。
眠るのに最適なポジショニングを探して、ひとしきり布団の中で四肢をさまよわせ終えると、耳鳴りに似た静寂がゆっくりと室内に満ちていく。
情報量の減った視覚の代わりを担うように鋭敏になった聴覚は、かすかな衣擦れの音ひとつでさえも拾い上げてしまう。
チ、
カチ、
それまで気にならなかった壁掛け時計の秒針が刻む規則的な音が、六畳四方に時間という概念を主張し始める。
カチ、
カチ、
カチ、
寝よう、寝よう、と思えば思うほどに意識は冴える。
枕に接したこめかみの辺りからは、自分の脈拍が聴こえている。
ずくり。
ずくり。
ずくり。
異なるリズムを刻むふたつの音は各々のペースを保ったまま、ときにくっついたり、離れたりしながらも決して鳴りやむことはない。
何かに耐えるみたいに丸めた身体は徐々に熱を持ち、適切な温度を探して布団の隙間を再びさまよう。
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