27人が本棚に入れています
本棚に追加
二十七話 〜逃げ道を求めて
唐突な炸裂音に、僕の閉じかけた目が開いた───
花火だ。
地面花火が上がっている。
半円に火花があがり、赤から黄色、青に緑と花弁を伸ばしながら咲いていく。
「あら、誰かしらっ!」
玉藻前が声を荒げた。それも殺気が混じる。
間違いない侵入者の証拠だからだ。
ところかまわず上がり始めた花火をぬうように、視線を散らばせる。
炸裂音といっしょに閃光弾があちこちに飛び出してくる。
不規則に飛び出す閃光弾のせいで、工場内が一面明るく照らされるが、まともにそれを受けると間違いなく、鎧でも穴が開くほどの熱を持っている。
玉藻前とシラカバは花火の火花を避け、閃光弾をよけながら天井近くで待機すると、工場内に視線をくまなく広げていく。
この侵入者を捕まえるためだ。
「あら、見当たらないわね!」
「……鼠のように、ちょろちょろと……」
この二人の鋭い視線を縫って、朱が玉藻前から姿を消した。
あまりに鮮やかすぎてわからない。
体をすべり落としたわけでもない。第一に、玉藻前も朱が消えたことに気づいていない。
凄腕のスリを見た気分だ。
ふっと、僕の体が浮いた。
そう思ったのは、体を抱え直されたからだ。
小脇に抱えるようにもたれたせいで、この持つ人の後方の景色は見えるものの、上も前もわからない。だいたい見上げようにも首が上がらない。
「……朱……」
なんとか出た声はこれだけだ。
また意識が混濁し始める。
「木場くん、お疲れ様。朱様ならベニコウロが運んでるから問題ないよ。ぼくはベニギンラン。花火師だよ。安心して」
花火師って……御煙番の……?
「木場くん、少し休むといいよ。全くあの人だったら兄弟子だからって無茶なことばっかり……。いくよ、ベニコウロ」
「もうちょっと花火投げていいっしょ? ほら、ベニギンランが前作ったさぁ!」
「それだけだよ?」
「よっしゃ! どーんといってこーいっ!」
霞んだ目に入ったのは、頭ぐらいの花火玉だ。
彼らは器用に蒸気の煙幕をはりながら、さらに痺れ霧をそこに仕込んでいるのか、まだらに青い色がうっすらと入っているのが見える。
その霧のせいで迂闊に近寄れないシラカバと玉藻前にむかって、炸裂した。
真っ青な大きな花火が地面であがる。
激しい炸裂音と一緒に、爆風もおこる。
その爆風に乗って、二人はこの選別処から、さらに上へと飛び出した。
「……シラカバ…………」
決して死んではいないだろう相手を憎く思いながら、僕の意識はもう、つながらなかった。
───真っ暗ななかに僕はいる。
足も手も、もちろん体も見えない。
小さい声が聞こえる。
『がんばらなくっちゃ……。あたしのせい……ううん、ぼくががんばらないと……』
涙ぐんだ、小さな声が聞こえる。
『ぼくが、シラカバの腕を造る!』
───朱!
「───……はっ!……はぁはぁはぁ……」
心臓が痛い。
バタンとベッドに寝直すけれど、ここは……キリ爺の部屋だ。
「起きたかい?」
聞き慣れない声に、首だけ回すと、弱法師の銀色の面が目に飛び込んできた。
「……ひっ!」
「そんなに驚かないでよ。ぼくはベニギンラン。木場くん、ちょっと体重軽いよ? もう少し筋肉をつけたほうがいいね」
つらつらと言われたけれど、全然会話が頭に入ってこない。
「ベニギンランって、隠密の方……御煙番ですよね」
隠密になると、面が与えられる。
基本の面は木製で、目の穴だけが開いた面だ。色は好きに着色ができる。
これが御煙番となればさらに特別な面が与えられる。
御煙番では三つの位に分かれていて、下位、上位、最上位で面が分かれている。
下位の男が「弱法師」の面。
下位の女が「蝉丸」の面。
上位の男が「鬼神」の面。
上位の女が「狐」の面。
最上位となれば、一律、「烏天狗」の面となる。
銀色の弱法師の面が、白く光った。
小さくベニギンランがうなずいたからだ。
「今年中には鬼神の面にランクアップするんじゃないかっていわれてますよね? 人気投票も常に上位で、双子だけれど二人のキャラが対照的で素敵だっていうし、今後の御煙番の中心になるんじゃないかっていわれてますし……」
ベラベラとしゃべってしまう僕に、ベニギンランはけらけらと笑っている。
「よく知ってるね。そうだよ、その通り! ぼくとベニコウロは期待の若手だよ。ほら、あそこで朱様の治療してるのが、片割れのベニコウロ」
「んお? 起きたか、隼ちゃん! もうお前の体、半分ぐらいナノマシーンだな。はは! まだあんまし動くなよー。朱ちゃんの調整終えたら、診察すっから」
ベニコウロの面は鮮やかに赤い弱法師だ。
あのベニコウロのそばに、朱がいる───!
「……朱!」
僕はベッドからすばやく降りた。
だけど、うまく歩けない。足に力がはいっていかない。
けれど、朱に会いたい……!
僕のせいで、髪の毛も、体にも傷がついてしまった………。
「ちょ、急に動かないでよっ」
ベニギンランがすぐに手をかしてくれた。
面の奥の顔はわからないけれど、すごく優しい。
改めて自分の格好がひどい。
医療用の簡素なワンピース姿なのはもちろん、腕に無数の管がつながっている。
それらをベニギンランが外してくれた。
「ほら、これで動けるよ」
手を貸してもらいながらたどりついた朱のベッドだけれど、朱はベッドで寝ていなかった。
「……なに、これ」
銀の箱に入った朱にゼリーが流し込まれ、固められている。
白いぴっちりとしたスーツを着込んだ朱に、たくさんの管と、呼吸を助けるマスクがある。
それが朱を生かしていることがわかる。
隣のモニーターには脈が打ち続けているけれど、いつ途切れてもおかしくないほどに弱々しい。
「深い傷ではあったけど、大丈夫。朱ちゃんさ、鎧、着てたんだ。……ほら、でけぇ胸、ねぇだろ?」
「…………あ」
思わず力が抜ける。
ハリボテだったのか、あの胸……。
どうりでふにゃふにゃしてるって思ったんだよ。
そんな備えをしてるなら、言ってよ、朱……!
「でも肩の鎧は薄いから、そこから出血だな。ま、オレのナノケアは傷一つ残さないぜ! そこは安心しろ」
「じゃ、今やってるのは……」
「朱様に埋め込まれた爆弾の処理だよ」
「どうにかなるんですか……? ……あの、それよりも、今、何時ですか!」
ベニギンランとベニコウロは、顔を見合わせた。
何かを視線で決めたのか、二人はうなずき合うと、僕を見る。
「木場くん、落ち着いて聞いてね。今の時刻は日付が変わって、朝の八時になるよ」
「隼ちゃん、焦んなよ。まだ時間あるからな!」
二人に言われたけれど、僕の目の前は暗くなる。
あと七時間で、シラカバを倒さないといけない。
いや、そもそも七時間もないかもしれない。
あのシラカバだ。
パレードが始まる前に、何かアクションを起こす可能性だってある。
「……急がないと」
慌て出した僕を、二人が腕を取る。
ベニギンランが左腕を、ベニコウロが右腕をつかんだ。
「だから、木場くん、まだそのときじゃない」
「隼ちゃんには頼みたいことがあるから、焦んないでって!」
阿吽の呼吸で近くの椅子に座らされた僕だけれど、二人が話し始めた話が、僕にとっては浮世離れしていて。
だけれど、僕が見た『夢』の理由も、これでわかった。
朱の、大切なものの意味を僕は、理解することになる───
最初のコメントを投稿しよう!