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二十五話 〜希望を求めて
───僕はただ見るしかできなかった。
コマ送りで落ちていく朱の姿を……───
鎧が震えた理由は簡単だ。
敵が現れたからだ。
だけど僕はそれに気づかず、接近を許した。
そして、朱に刀が。
肩から腹に向けて振り下ろされた刀。
躊躇なく、振り抜いた。
それを持つ者は───
……玉藻前!
世界手配犯でも有名な暗殺者だ。
狐の面をつけた、紫の忍び装束に身を包んだ姿は間違いない。
洋名はサキュバス。
老若男女関係なく、ターゲットを魅了し、殺すという。
暗殺者リストのなかで人気がある彼女だが、まさか、ここで……。
「あら、香煙朱さん、ごめんなさいね。私のシラカバ様には近づけさせたくなかったの……」
工場の天井近くにあった窓が割られている。
そこから侵入したようだ。
真っ暗に近かった工場内に、光が差し込む。
まるで天使の梯子のように光が伸びるなか、玉藻前は灰色の髪を流して、ふわりふわりと浮いている。
一旦朱を斬りつけると、窓のあたりまで浮かび上がり、僕を見下ろしている。
僕はすぐに床に倒れこんだ朱を抱き上げた。
肩口から大きく斬られ、すでに朱の意識はない。出血もかなりひどい。
ナノマシーンが処置をしてくれるとはいえ、すぐに僕は処置をした。
腰につけたポーチから止血剤のチューブを握り、肩口に塗り込む。
これで少しは出血を防げるだろうけれど、そう長くはもたない。
「……くそっ!」
僕は朱を守りながら、玉藻前を視界から外れないように兜を使って捉えた。
マークされた玉藻前だが、綺麗なプロポーションを見せつけながら僕に笑いかけてくる。
「あら、香煙朱にまだ息があるのかしら……?」
面の奥の目がつり上がったのがわかる。
「けれどシラカバ様を愛した罪は重いのよ!」
セッチンって誰だ……?
消えた……!
「あら、かわいい顔。さ、あなたはシラカバ様に認められたの……私と一緒に来なさいな」
首筋に当てられた指は冷たい。
僕はすぐに息を止めると、朱を抱えて無理やり舞い上がった。
「……あら、しょうもない子」
「魅了にかけられるわけにはいかないっ」
「あらあら、私のアビリティ知ってたの……」
僕のアビリティは絶対の昏睡。
だけれど、昏睡の技は一日一回しか使えない……。
……ここはなんとか逃げないと!
朱を抱えなおしたとき、後ろに気配がある。
目の前には玉藻前……。
急いで振り返ったが、完全に遅かった。
裏拳が僕の頬を殴りつけていた。
朱を抱えるように地面に落ちた。
コンクリートにヒビが入り、えぐれるほどの力だ。
蒸気と一緒に殴られた……!
「おい、玉藻。どうして朱様をやった」
この声に聞き覚えがある。
朱を抱えながら、僕はなんとか身を起こす。
鎧のおかげで衝撃はかなりやわらいだけれど、朱の怪我にはかなり響いている。
止血剤からも血がもれだした。
僕は口の中に転がった歯を吐き出す。
兜が多少守ってくれたようだけれど、鼻が曲がっている気がする。
無理やり鼻をズラし、声の主を見上げた。
天井付近で浮いているのは、忘れることがない男の顔だ───
「あら、シラカバ様、怒ってらっしゃる? 私は許せなかったのです……」
腰をくねらせながら甘えた声で玉藻前は話しかけるが、セッチンと呼ばれた男は、……シラカバだ!
「シラカバ!」
「もう俺のことを朱様からきいているのか」
「よくも朱を!!」
「君が朱様のために怒鳴る理由がどこにある。この不遇な人生の木場隼くん」
「……不遇な人生なのは認めるし、僕の名前を呼んでも何も思わないよ」
朱を横抱きにし、ゆっくりと間合いをとっていく。
だけれど、どれほど距離を取ろうとも、間合いの中にいるのがわかる。
……逃げ道を探すんだ……!
早く探せ、僕!
「君を調べた理由は、君の能力が欲しいんだ。とても面白いアビリティだし、鎧奏ができる者はそういない。仲間にはいってくれれば、朱は生かしてやってもいい」
一瞬僕は迷った。
朱を生かせる。
か細く息をする朱は、一刻もはやい治療が必要だ。
だけど、それは、僕が暗殺者になるってことだ……。
「……い、いやだ! 朱は渡さないし、暗殺者なんかにならないっ」
「……そうか。なら、二人で死ぬがいい」
シラカバの腕が上がる。
真っ白の指先は、赤く染めることにためらいがない。
……僕はここで死ぬのか。
『まだ、早いんじゃない、隼』
───うん、母さん、まだ、ちょっと早いよね。
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