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二十六話 〜絶たれたルートを求めて
「うおぉぉぉーーーっ!」
僕は叫んだ。身体中の筋肉を震わせるように。
鎧が吸い込んだ蒸気石が沸騰しだす。
だけど僕の言霊よりも、鎧が心と呼応している。
僕は右腕を朱を抱える腕と、刀の腕に分けて形成させた。
しっかりと朱を抱きながら、刀になった僕の右腕がシラカバの胸を腕を斬り落とそうとぎゅんと伸びる。
だけど、シラカバだってバカじゃない。
簡単に僕の攻撃を避けながら、すぐに間合いを取ってしまう。
朱を守りながらの戦闘には限界がある。
でも、僕を甘く見ている二人なら、どこかに隙ができるはず……。
今までだってそうだ。
素人相手にてこずることはないって、そういう腹づもりだった。
……絶対、隙ができる。
目を凝らせ。見逃すな、僕!
「まだまだぁ!」
僕はさらにイメージしていく。
この胴の鎧で朱を守る籠を───
シラカバに攻撃を向けながら、朱に鎧を崩して籠をつくっていく。
「あら、器用な子。ぜひ、ほしいわね、シラカバ様」
「……そうだな。だが、これほど凶暴なのは、いけ好かない」
シラカバは腕を突き出し、僕に縦に握った拳を向けた。
打ち出す構えじゃない。
ただ胸元がガラ空きだ。
狙うのは、今───!
腕を伸ばしたのに、体が遠ざかっていく。
理由は簡単だ。
硬い何かが僕の顎を直撃したからだ。
かろうじて僕の顔が守られたけれど、兜にヒビがはいったのがわかる。
次に肩、次に鳩尾、次に膝……
繰り返される衝撃に、理解がついていかない。
よく、見ろ……!
右手の親指を弾いている……。
目を狙った攻撃を弾いたとき、それが何かようやく気づいた。
───氷。
手のひらほどの氷の粒が僕の体めがけて飛んでくる。
強固になった鎧を着ているとはいえ、肉がちぎれない代わりに、打撃で骨が割れている。
鎧奏しているおかげで修復もしているけれど、それ以上に攻撃が繰り返されて間に合わない。
でも、
でも……!
「朱を守るって決めたんだ……っ!」
蒸気を鎧で吸い込み、僕はさらに加速する。
シラカバを抜ければ、活路がある。
さぁ、空気のなかを飛ぶんだ。
……カゲロウも言ってた。
───よく、見ろ!
三つ弾き出された氷を泳ぐようにかわしていく。
最後、腿をかするが、大したことはない。
もっと、もっと、もっとスピードを上げて……!
「……へぇ。こんな土壇場でも進化するって、君、すごいね。……ぜんぜん、死ぬ気がないじゃないか」
間合いを詰めた僕に、拳が飛んでくる。
氷を作るよりも、拳で僕を退ける方を選んだんだ。
足技からの拳の突きは、空手の型のようにも、少林寺の技のようにも感じる。
僕はそれを必死にかわし、蒸気を立てて、立ち向かうしかない。
「死ぬんじゃないのか、君は」
「まだ早いからっ」
僕は、まだ、死ねないんだ……。
「……だって、朱を、助けてないから……!」
右ストレートを頬に受けながらも、僕は右腕をより伸ばす。
二本目の腕が、シラカバの頬、そして、顎を突き飛ばした。
刹那、横腹に猛烈な蹴りが入った。
「……あら、シラカバ様に拳を当てるなんて、最悪な子……!」
さっきとは比にならない殺気が満ちている。
シラカバをいなせばどうにかなるなんて、甘い考えだった。
玉藻前は、ただ手を抜いていただけだったんだ。
何をしてるんだ、僕は……。
「……はっ……はぁ……」
息がうまくできない。
壁に叩きつけられて体をひねることすらできない。
全身が痛い。
痛い……。
痛いなんて言葉じゃ足りない。
激痛って言葉でも、足りない気がする。
……やっぱり、僕はここで死ぬのか───
「玉藻、殺すなよ」
僕の前で苦無を構えていた玉藻前だけど、シラカバの声に素早く下がった。
だけどその姿すら目で追えない……。
「玉藻、朱様も木場隼も、どちらも回収する。手札にはちょうどいい」
シラカバが左腕を上げると、僕の兜と胸の鎧奏が霧になって崩れていく。
それは吸い込まれるようにシラカバの元へ流れていき、白い鎧を黒く染めていく。
「黒は私には似合わない。白になれ」
シラカバがなでてやると、瞬く間に白に。
これだけでわかる。
使いこなしてる。
この世界の誰よりも、この最新の鎧を──
僕はかすみ始めた目で、朱を見やる。
彼女の側にいきたい。
だけど、背中を強打しすぎて、動かそうとするだけで、息ができない。
「右腕は残るか。リングが嵌められてるから、こちらに呼べないな」
「あら、シラカバ様、香煙は私が担ぎます」
「頼む」
足跡を立ててシラカバが僕を見下げる。
氷みたいに冷たい目だ。
「……君には選択肢はない。生かすも殺すも、俺次第。とりあえず生かしてはみるけど、無駄であれば即殺す。死にたければ逆らえばいい」
優しく笑ったシラカバの顔だが、目に心がない。
この綺麗な顔がお面のようだ。全ての感情を隠してる。
「僕は……朱を助けるまで…死なない……」
「意外と口が減らないんだね。根性は認めてあげるよ」
一発、腹部を殴られた。
吐くものもないとは言え、飲み込んでいた血液と胃液が混じって吐き出された。
喉の奥から呼吸する僕をシラカバは哀れむように眉をひそめる。
「……人生は根性論でどうにもならない。抗えない力ってものがあるんだよ」
腕がつかまれ、担がれる僕の体は鉛のようだ。
目だけで朱を見るけれど、やっぱりまだ意識は戻っていない。
つか、大怪我してるんだから、もっと、優しく抱き上げなさいよ、二人とも……!
……とは言えない。こんなことは言えない。
だけれど、僕はどうするべきか。
逃げる。
朱を置いて?
ダメだ。全て彼らの思い通りだ。
……いや、もうこれなら、諦めても……。
ダメだ!
諦め癖はあるけど、これは諦めちゃダメなやつ。
……でも、どうしたら……もう意識を保っているのも限界だ…………───
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