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二十八話 〜未来を求めて
「まずは、木場くんに説明が必要だと、ぼくらは思っててさ」
ベニギンランは近くの椅子をひっぱり、腰を下ろした。ベニコウロは朱の箱の枠に腰をよりかからせる。
「ことの始まりは、三日前なんだ。木場くんが巻き込まれる前の日になる」
「蒸気街のセンタービルに、爆弾を見つけたのがきっかけなんだよねー」
──パレードが近づいていることもあり、巡回が細かくされていたそうだ。
特にパレードの折り返し地点であるセンタービルは、蒸気街の象徴でもあり、そこで香煙家現当主の香煙朱弥が演説をする。
危険があってはいけないとくまなく調べていたときに、それが見つかった。
第一に、それを密告していたのは、あの、シラカバだという。
「シラカバが、『朱様が改革をすると言っている』なんて言い出したんだ。半信半疑ではあったけど、シラカバいうから、ぼくたちは動いたわけ」
「シラカバってさ、朱ちゃんが六歳からの側近でさ、それも朱ちゃんを守って左腕を切り落とされた男でもあるんだ。だから信用度はマックス! まさかとは思っても、何かあっては一大事だし、御煙番も動かざるを得なかったんだよねー」
案の定爆弾が見つかったことで蒸気街のなかで朱は手配犯となり、そして彼女が選んだ逃亡先が、迷路街だった───
「……たまたま出会ったのが、僕だったわけですか」
「そういうこと。でもやっぱ、朱ちゃん、運がいいよー! 隼ちゃんを拾っちゃうんだもん」
「あの……」
「なに、木場くん」
「もしかしてシラカバは表向き、朱を探すために動いているってことですか……?」
「「ご名答」」
二人は息ぴったりに指を立てた。
こういう癖は双子だからか息があうようだ。
「そんなにシラカバって怪しまれないもんなんですか」
「香煙に十年仕えているっていうのは、かなり大きいよ」
ベニギンランがため息交じりに答えた。
僕はその言葉に反論する。
「それでも、朱は当主候補じゃないですか。シラカバの声の方が大きいなんて、おかしくないですか?」
「隼ちゃん、よく気づくねー! いいねーいいねー」
ベニコウロが僕の肩をちょんちょんつついてくる。
彼なりのスキンシップみたいだ。
「朱ちゃんはね、香煙のなかではちょっと変わった子なんだ。香煙の人間は少なからず蒸気を扱えるのが普通なんだけど、朱ちゃん、全くだめ。蒸気のじの字も扱えないんだー」
「朱様は、『目が朱い』という理由だけで当主候補に選ばれててね。他の当主候補から疎まれているんだよ。蒸気を操る素質もないのに、当主候補になっているのはおかしいってね。今、朱様は鎧のデザイナーとして地位を築いているけど、それは彼女の猛烈な努力の成果なんだ。それすらも他の当主候補は無駄だとかなんだとか言ってくるし……それでも、朱様は自分の立場を変えることなく、今まで来ている。ま、候補を降りることなんて、許されないからね」
ときおり、ぽこりと音がする。
空気の流れの音のようだけど、静かすぎるこの部屋だと嫌に耳につく。
ふと思う。
朱はどんな気持ちで当主候補にいたんだろうと。
みんなが蒸気石を扱えるなか、朱は「才能がない子」と言われ続けていたはずだ。
だけれど、朱い目の運命からは逃げられない。
当主候補を下りることも許されずに、ずっと、彼女はどんな気持ちで前を向いてきたのか───
『がんばらなくっちゃ……。あたしのせい……ううん、ぼくががんばらないと……』
あの闇の中で聞こえた朱の声を思い出す。
あれは、朱の決意だったんだ。
シラカバに対しての懺悔もあっただろうし、なによりも心を強くもっていなきゃ、立っていられなかったはずだ。
彼女が小さい理由は、周りの重圧を受けすぎた結果のようにも見えてくる。
「あの……朱の爆弾は……」
僕の声にベニコウロが首を傾げる。
「どーだろーねー……特殊すぎて、ちょっと困ってる。だいたいさ、自分で爆弾、体にいれるんだもん。すごいよ、朱ちゃん……」
「それってどういう」
「朱様が自分で体内に爆弾となるナノマシーンを入れたんだよ。香煙の者は、そう簡単に医療行為は受けられない。受けるにしても然るべき専用機関で受けることになっているんだ。ぼくらは医療機関の情報をみることができるから、処置をいつどこでしたとか、記録があるからすぐわかる。……だけど、この爆弾の処置はないんだ。寝ているうちに打ち込むことも可能かもしれないけれど、現実的に考えにくい。シラカバは側近だけど、お世話がかりではない。じゃあ、お世話がかりが朱様が寝ている隙に……というのも、難しい。お世話がかりには全てGPSがつけられ、行動記録が残る。睡眠時間に朱様の部屋に行こうものなら、警報機が鳴るから」
ベニギンランが話し出したことに、僕の頭はついていけない。
どういうことだ……?
「わからないかな、隼ちゃん。……朱ちゃんさ、シラカバのこと心の底から慕ってたんだよ。これは、朱ちゃんなりに、シラカバを救いたかったんだと思うんだな、オレはね」
……そうか。
朱のなかで、シラカバは本当に【特別】だったんだ。
だからこそ、新しい鎧の扱い方や性能を全て伝えていただろうし、そこから漏えいなどあり得ないと思っていたはずだ。
あぁ……。
ときどき、遠くを見るような、悲しそうな笑顔をしていたけど、それはこのことだったのかな。
ねぇ……朱、
君は、君の大好きな人から、死んでくれって言われたってことなの……?
だとしたら───
「……朱のほうが、絶望してたんじゃないか……」
思わず覗き込んだ朱の顔は、ただ目をつむって寝ているけれど、その小さな体でこんな大きな絶望を抱えていたなんて。
「僕なんかより、ずっと、暗い世界にいたんじゃないか……なんで朱はこんなに絶望的なのに前を見て……いや、後ろ向きでも、そこが前なんだもんね……でも、そうやって一人で抱え込んで……なんで……」
朱が沈んでいた絶望は、目を瞑ったって消えないひどい景色だったはずだ。
それでも朱は、どん底から、前を、かすかな光を探してたんじゃないか───
「朱様のために泣いてくれるなんて、木場くんは本当に優しいね……」
肩を叩いてくれたベニギンランに、僕は顔を上げられなかった。
だって、苦しかった。
まるで大きな石を丸呑みしたみたいに、喉が、胸が、潰れそうになる。
大切な人を助けたいからと鎧のデザイナーになった朱なのに、完成したらいきなり裏切られるなんて……。
もしかすると、僕の右腕に残った朱の思いが、僕の心に届いてるのかもしれない。
それでも、僕は、朱のかわりに泣きたかった。
この苦しさを吐き出すために、泣きたかった。
でも、本当に泣きたかったのは朱のはずだ。
白い床に涙の玉がいくつも落ちている。
僕はそれを手でざっと拭き、僕の顔を左腕でぬぐった。
「……ベニギンラン、ベニコウロ、僕ができることって、なに」
立ち上がった僕に、もうためらいも恐怖もない。
朱を助けなくちゃ……!
僕は、約束したから。
朱を守るって───
……だけど、ベニギンランとベニコウロの頼みごとは、僕をもう一度、絶望させるのに十分な内容だった。
とはいっても、希望ももちろん、あったけど!
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