三〇話 〜それぞれにやるべきことを求めて

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三〇話 〜それぞれにやるべきことを求めて

「じゃ、ユメミも合流できたから、作戦を少し変えよう」  ベニギンランが立ち上がったとき、衝撃が壁を揺らした。  一瞬にして気を引き締め直した僕らだけれど、キリ爺の声が早かった。 「おう、侵入者だなぁ……は? 河童?」  キリ爺は手元のタブレットを僕らに渡してくる。  くまなくつけられた監視カメラの映像だが、そこに写っているのは間違いない、河童だ。 「なんで、河童が……?」  切り落としたはずの腕が赤黒いなにかで作り直されている。  ただそれは河童には合わないようで、侵食するように絡みついて、腕という原型をとどめていない。  河童の意思に反するように、あちこちの壁を叩き続け、河童もそれに振り回されているのがわかる。 「きんもー!」  ユメミさんの声が心底嫌そうだ。  たしかに、見た目はグロ系だ。  血管が浮き立ち、肉片が露わになっているそんな腕だ。  それが河童の意識に関係なく、太くなったり、伸びたり、二股になったりと、不規則な動きをする。  タブレットから河童の声が轟いた。 『しゅん、ぶっころしてやづぅぅぅぅ!』  憎しみと、殺気が混じった声だ。  音だけなのに、肌が粟立つのがわかる。  まるで胃袋を握りつぶされたかのように、胃がキリキリと痛みはじめる。 「なんで僕を……」 「そりゃ、隼ちゃん、腕、ぶった切ってるしな」  明るく言うベニコウロの声が僕の肩にのしかかる。  ……そうだよね。恨まれるのも当然だよね。  改めて死にそうな顔を浮かべたとき、ベニギンランが手を叩いた。 「さ、とにかく目的は木場くんと朱様だ。よし、木場くん、ぼくと出撃準備をしよう」 「じゃ、ユメミは河童を潰してくるね!」 「オレはここで朱ちゃんのお世話ー」 「おう、わしは河童の邪魔でもするかな」  それぞれの判断が早い。  1分1秒も無駄にしない動きに僕はただ従うしかない。  振り返るとユメミさんはすでに消えている。  どこからどう出入りしているのかわからないのが、この部屋のすごいところだと思う。  キリ爺はタブレットを軽快にタップしている。  それは操作のようで、壁の奥から歯車が動く音が唸っている。  迷路のような通路をさらに複雑にしているようだ。所々でトラップもあるようで、画面からは河童の呻き声も聞こえてくる。  ユメミさんいなくても大丈夫な気もするけれど、朱を絶対に守らなきゃいけないのなら、必要だ。  ……本当は僕と一緒に来てほしいけど!! 「じゃあ、木場くん、まだ体が本調子じゃないかもしれないけど、鎧を着てくれるかな?」  ベニギンランが小さなリモコンで操作し降りてきたのは、僕の鎧だ。  カゲロウが僕に用意してくれた、あの鎧─── 「鎧の戦闘データ見たんだけど、脚回り、かなり調整してある。胴の部分は厚みと強度を増したけど、背中は軽さを重視。強度はもちろんあるよ。これでだいぶ、()()()()()()()()と思う」  僕は説明をうけつつ、ベニギンランに手伝ってもらいながら、鎧を身につけていく。  身につけると、あら不思議。  体の動きの補助をしてくれるから、だいぶん動きやすい。 「木場くんは蒸気石をかなり消耗しながら戦うスタイルになるから、そのあたりも調整してある。とはいえ、やっぱり蒸気石を消耗するのはかわらないから、自動で補充する装置を組み込んだよ。残は、兜から見えるから」  ベニギンランに言われた通り、兜から引っ張り出したレンズに、蒸気石の残が書かれている。 「四〇……!」 「これがマックス。あとはホルダーにも二〇入ってる」 「すごい」 「あと苦無、煙玉、撒菱の残の表示も入れておいた。視点で操作で、右掌にそれらが手首から排出されるようになってる」  激しい爆発音が耳をつんざく。 「ユメミ、派手にやってるみたいだね。ぼくたちも急ごう。ベニコウロ、朱様を頼んだ」 「まかせとけーい。隼ちゃん、頑張って!」  お面ごしだからか、その言葉に重みが感じられない。  だけれど、僕がやらないといけないのは間違いない。  これは決定事項だ。  強く拳を握る。  力が入る。  足の爪先を叩く。  蒸気がプシュンと鳴る。 「……朱を助けるんだ」  僕は声に出した。  そうしないと、決意にならない気がしたから。  約束は必ず果たす。  ……僕のタイミングで死ぬときは選ぶけど。  待ってて、朱──  僕は託された面を顔にはめた。  それだけで気持ちが引き締まる気がする。  ……でも、ちょっと思ってしまう。  これで歴代の能力も僕に引き継がれたらいいのになって……。 「……よし、行こうか、木場くん」 「はい」  踏み込んだ二人の足から蒸気が溢れる。  ふらりと舞い上がったベニギンランは天井に空いた穴へと吸い上げられる。  僕もそれについていくけれど、トップスピードで登っていく。  すぐに兜をセンサーに変えてついていくけれど、思わず呟いてしまった。 「……はやっ」  僕はついていくので精一杯だ。  でもこれぐらいがちょうどいい。  すべて、無理やり始まる方がいい!  黒塗りのトンネルを抜けて入った場所は、蒸気排出管だ。  ときおり、ごおおおという音ともに、蒸気が抜けていく。  この管は蒸気街への侵入口となる。  蒸気街の余った蒸気を迷路街へ落とすための排出管だ。  そこから上ってくるのは、僕らぐらいしかいないだろう。  灰色に塗られた鉄管だが、かなり大きい。  大人の男が三人並んで歩いても余裕がある。  それだけの蒸気が迷路街に垂れ流されているのだと思うと、改めて迷路街の掃き溜め感が増していく。  ただ蒸気街のこの排気がなければ、迷路街の空気が毒ガスになってしまうのだから、仕方がない。  血管のように張り巡らされたその管をベニギンランは迷うことなく進んでいく。 『セントラルタワーまで一気に行く』  兜に声が届く。  僕は前を飛ぶベニギンランに返事をしようと口を開いた。  それと同時にベニギンランが壁へと打ちつけられる。  あまりの速さに僕は身を固めた。  あれはただの蹴りだ。  蹴りなのに、あんな速度がでるなんて─── 「あら、こんなところで会うなんて……隼、まだ生きてたのね。今度は生かさないけど!」  玉藻前の声が管の中に反響する。  つんざく悲鳴のように聞こえるのは、僕の心が弱いからだ。 「……玉藻前、押して参る!」  僕は叫び、踏み出した。  この一歩は、大きな一歩だ、僕!
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