三十一話 〜するべきことを求めて

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三十一話 〜するべきことを求めて

 横目で確認するが、ベニギンランは意識が飛んでいるだけだ。  さすが御煙。とっさに受け身をとって、致命傷を避けてる……。  僕は玉藻前の懐に向かって飛び込んだ。  地面を滑り上がりながら、太ももから小刀を噴出。それを掴み、勢いのまま、逆刃で腹に突き刺した。  ……が、それはかすりもしない。  それが刺されば引き上げ振り抜く予定だったが、すぐに横に振り抜き、攻撃を繰り返す。  だが玉藻前も百戦錬磨の暗殺者だ。  華麗に僕の手をさばき、攻撃を避けきった。 「あら、なかなかいい動きじゃない。でも、私を殺せるとでも思っているの?」 「殺す気でいかないと、致命傷にならないだろ」 「……あら、強気ね」  玉藻前の脚には朱から盗んだ鎧が装備されている。  太ももの外側に赤い花が咲き、鎧奏されているのがわかる。  通常よりも力を引きだす鎧奏は、玉藻前にかなりの破壊力とスピードを与えているようだ。  僕の攻撃を見て、玉藻前の目の色が変わった。  ひん剥かれた目は、殺気に満ちている。  楽しそうに口元を歪めながら、僕に蹴りを飛ばしてくる。 「……は、速いっ!」  ギリギリ避けている状況だけれど、それは感覚で避けているだけだ。  目では追えていない。 「あらあら、どうしたの? さっきの勢いは?」  背後からの回し蹴りをよけつつ、僕は玉藻前の足首に向けて、両足を突き出した。  逆立ちの要領で腕から蒸気を噴出させ、全身を回転させる。 「あら、なにこれ!」  僕との力の差で油断をしていたようだ。  遊びのつもりで僕を間合いに入れさせたのが間違いだ。  ドリルのように巻き上げた脚は、彼女の胸当てを壊すことに成功!  これで少しは防御力が落ちるはずだ。  ただそれと同時に玉藻前の着物もはいでしまったようだ。  白い胸元がはだけるが、胸が…… 「ない……!」 「よくも私の肌を……絶対に殺すっ!」  鬼のように顔を歪めたあと、玉藻前は消えた。  いや、消えたのではない。  地面を這うように移動し、僕の顎へ一発膝蹴りを繰り出した。  とっさに体をのけぞったものの、顎の先がもっていかれる。  空中で無理やり頭からバック転をさせられるが、それよりも、玉藻前は男だったのか!?  それはそれでもいいんだけど、こんなところで予想外の事実をぶつけてこないで欲しい!!  一段と険しくなった玉藻前の動きは、虫のように俊敏だ。  的確に致命傷となる首、腰、心臓と蹴りを繰り出してくる。  あまりの速さに避けきれない。  玉藻前の心に呼応して蒸気が昂っている……。  さらに蒸気が玉藻前の体を纏っていくのがわかる。  瞬時に僕へと回し蹴りが飛んだ。  空手の型に似た足捌きは、鞭のようにしなり、僕の首を、腹を、脚を狙う。  受け身をとるものの、一段と機敏さと、攻撃力が増している。  ──間違いなく、これは『解蒸(かいじょう)』してる……!    解蒸とは、鎧奏(がいそう)のさらに上だ。  主に鎧全体に蒸気が行き渡り、蒸気孔が増えることを指す。  それは体と呼応し、攻撃力を上げ、速度も上げることができる。  見た目が、まるで花が咲いたように蒸気孔のプレートが浮き上がることから、花鎧(はなよろい)と呼ぶ人もいる。 「あら、遅くなったんじゃないのかい?」  裏拳をなんとかかわすが、僕はただ驚き続けていた。  一流の暗殺者は、解蒸をしても体がついていくなんて……!  普通の人間なら、できたにしても体が保たない。数秒でバテてしまう。 「あら、目が泳いでるよ!」  肋、顎、後頭部に一発ずつ蹴りを喰らい、床へと叩きつけられた。  伏せた体を表に向けると、玉藻前の踵が僕の首を狙って、踏み落とされる。  とっさに身を翻し、立ち上がるが、管に大きなヒビが走り、破れている。  ……マズい。これは勝てない───  瞬間、空気の圧を踏み出した玉藻前の手には苦無が。  ──死にな、隼  玉藻前の口がそう動いた。  もう、無理か……─── 「──解蒸っ!」  後方からベニギンランの声がした。  瞬きをしてたときには、玉藻前が目の前にいなかった。  あったのは、ベニギンランの背だ。  それは八重桜のように鎧が咲いている。  銀色の継ぎ目が蒸気に濡れて、ちらりと光る。 「木場くん、これ」  ベニギンランから手渡されたのは、朱のために創った鼻につける空気清浄装置だ。 「鎧の破片は、大きな鎧に戻ろうとする性質がある。これで追っかけて。僕も玉藻をやったらそっちに行く」  渡されたが、僕の足が固まったように動かない。  玉藻前でも敵わなかった僕が、シラカバと戦えるのか─── 「木場!」  唐突に名前を怒鳴られ、僕は身を固めた。 「約束を果たせ! 解蒸コードは0621だ! ……君なら、できる!!」  管を破り、コンクリートが剥き出しになったそこから、玉藻前がゆっくりと立ち上がった。  額から血を流しながらも、唇はにったりと笑っている。  ギラギラと光る目がとても寒い。 「隼、行かせねぇぞぉぉぉ!」 「行けっ!」  二人の声が重なった。  僕はそれを合図に飛び出した。  一気にトップスピードに体を乗せながら、握らせられた棺桶のようなそれを見る。  まるで、僕の最後の形にも見えるそれは、ここから東に行こうと動いている。 「……クソッ!!」  面を譲られても、僕の心は弱いままだ。  死ぬと決めたんだ。  決めたんだ。 「死ぬまでもがけよ、僕!」  踵の蒸気をさらに強めた。  さっきよりももっと速く、もっともっと速く、僕が倒すシラカバへたどり着くんだ───!
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