三十二話 〜シラカバを求めて

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三十二話 〜シラカバを求めて

 僕は飛びながら面に触れた。  ツギハギの面だ。  眉間、頬、顎と、傷がない箇所がないほどに、凹凸がある。  この面はどんな危機をどうやって乗り越えてきたか見ているんだ。 「僕に、力を分けてください……」  声に出して祈ったとき、左手に握った棺桶型の道しるべがふるりと揺れた。  すぐに左に折れる。  ここの蒸気管は空気を排出することもなく静かだが、一歩間違えれば、大火傷の管につながる。  だが安全にここまでこれているのも、兜のレンズが道しるべに合わせて管を判断、安全な最短ルートを即検索してくれているからだ。  ルートの先を読むと、中央にある集中蒸気管管理センターに向かっているようだ。  センターでは管の整備はもちろん、どの区域に排気をどれだけ行うか、蒸気をどれだけ供給させるかなどを指令する場所だ。  近づいていくと、セントラルタワーの下であることもわかった。 「ここで間違いな……。もう、ここは蒸気街の下なんだなぁ……一度でいいから見て見たかったな……」  一度ぼやいたけれど、そんな暇は今しかない。  すぐに気持ちを切り替え、センター管理室の区域へと向かっていく。  管理区域を仕切るように、大きなファンが回っている。  回っているが、風が起こることもなければ、空気が吸い込まれることもない。  ただ回っているようだ。  ただ五つのファンがセンターへの道を塞いでいる。 「どんだけ早く動いても、プロペラに当たるな……」  ここまできて悩んでいる暇はない。 「壊すか」  だが物理的に五枚の巨大なファンを壊すことは不可能だ。  そのため、兜レンズで配線を探ると…… 「あった! ……よし、切ろう!」  僕は右手から苦無を取り出すと、壁に埋め込まれていた配線コードをひっぱり出し、躊躇なく切り落とした。  赤いランプが一度光ったが、それだけで、ファンはゆっくりと速度を落としてく。  見切れる速度になったところで、一気に飛び抜けていくと、ひらけた空間につながった。  空間は広いが、毛細血管のように規則的に管が並ぶ。  ところどころで蒸気が漏れる音が聞こえるが、これは空気ぬきだ。  全て電子制御されているようで、バルブが勝手に回り、開いたり、閉じたりを繰り返す。  圧倒してしまう景色を壊すように、爆発音が響いた。  見ると、管理センター室の壁が蒸気で破壊され、辺りに埃と火花が見える。  煙のなかの黒い影に、レンズのセンサーが赤字で示す。  ───シラカバ  一気に蒸気に体を乗せ、突っ込んでいく。  先手必勝!  一発でも喰らわせられれば……!  苦無を握りなおしたとき、彼の右手に何かある。  それがこちらへ投げつけられた。  避けようと体を傾けたが、避けられない……!  とっさに僕は受け止めた。 「大丈夫ですか!」  センターの人間だ。  ……いや、人間だったものだ。  肉が裂け、蒸気が焼いたのか、赤くただれている。  すでに息はないが、これほどひどい殺し方をする理由があったのだろうか……。  そっと床に寝かすと、胸ポケットから滑りでた手帳が落ち、開いた。  元の顔の人物と、可愛らしい女の子のツーショット写真─── 「隼、やはり、一人で来たか。御煙は俺に手を出せないからな。俺に手を出せば、香煙への謀叛と見られかねない……」  僕は、シラカバと対峙する。  この男だけは許せない。  許しちゃいけない。  朱の大切なもの、この女の子の大切なものが…… 「俺を怒るのは勝手だが、最新の鎧をつけた俺に、お前は追いつけるのか?」 「……追いつくし、追い越すっ」 「口先だけだろ」  指を弾きだすことで、氷の弾を打ち込める。  一発肩に当たったが、僕は天井に登ると、蒸気の幕をはる。  氷が蒸気をまとうことで粒が大きくなるが、速度は落ちる。  だが…… 「蒸気幕など、無意味」  蒸気幕をやぶって、シラカバが現れた。  ───読み通り!  蒸気の噴出で速度を上げた回し蹴りだ。  これは逃げられない!  ……不意打ちのはずだった。  ……しっかり首にはまった感触があった。 「これぐらいの不意打ちで得意げにされては困る」  兜で守られた首は、僕の蹴りで壊せない───  また、絶望が、僕の肩にずっしりとのしかかった。
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