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三十三話 〜怒りの矛先を求めて
兜にめりこんだ蹴りだが、シラカバの首に傷をつけることすら叶わない──!
即座に足首を掴まれ、僕は管理センター室の壁へと叩きつけられた。
大きく凹んだ壁に僕は埋まるが、焦げ臭い。
さっきシラカバが出てきた部屋だ。
「……つっ」
「どうした、隼。俺を倒すんじゃないのか?」
シラカバはふわりと浮いて、見下ろしている。
だが、シラカバの視線は僕に、じゃない。
何とか立ち上がった僕の横を、這いつくばりながら出てきた男の人が……。
「あの……!」
その人が、いきなり弾けた。
文字通りだ。
体の内側から花が咲いたように、粉々に弾けてしまった。
頭の上から血を浴びた僕を、シラカバはニヤニヤと見つめている。
「俺のアビリティは蒸気を氷に変える。それを体内に仕込むと、身体が咲くんだ。キレイだろ? 時限爆弾にもできるし、俺の心ひとつで、起爆させることもできる」
「なんでこんなっ……」
ぼとりと目の前に落ちた。
赤黒い血が床にべたりと広がり、それが手であることがわかる。
ちぎれかけて膨らんだ指───
かろうじて形が残った左手の薬指に、指輪が見えた。
脳味噌が沸騰していくのがわかる。
全身が燃えるように熱く、震えてる───
「どうした? 恐ろしくて震えてるのか? 確かにそうだな。これを朱様の体内にも仕込んだからな」
「……なん、だと」
「もちろん、俺の体にも仕込んである」
「……は?」
シラカバは白い鎧を見せびらかすように大きく腕を広げると、まるでイエスキリストのように、十字の形に浮き上がった。
「俺と朱様は絶対に結ばれない。なぜなら俺はイギリスの香煙のスパイだからね」
「スパイ……?」
「君は知らないか。……なら教えてあげよう。君はもう死ぬしね」
空中で宙返りをし、足裏を僕に見せるシラカバは、堕天使かのようだ。
鎧が蒸気を噴出し、それが背中から大きく広がって翼に見える。
「当主候補は世界に4人いる。イギリスにも当主候補がいるんだ。俺はイギリス側の香煙の人間ってわけだ」
それには納得した点がある。
今まで倒してきた暗殺者に、イギリスを中心に動いてきた者がいたからだ。
……まさか、そんなところからの刺客だったなんて。
「香煙の当主になるということは、世界を牛耳ることになる。日々、蹴落とし合いなんだよ。それに目が朱いだけで当主候補となった朱様は他の当主としても邪魔でしかない。弱みを見つけるためにも、監視、そして朱様をコントロールするために、俺は遣わされたわけだ。イギリス側としては、優秀な俺を遣わせたことで恩を着せる意味もあったわけだが……まさか、この俺が、朱様を愛してしまうとは……!!!」
大げさな手振りでシラカバは話すが、どう聞いても、ナルシストだ。
自分に酔ってる……。
「ただ腕を斬られたのは、想定外だった……だがそれで朱様に忠誠を誓えたんだ。今まで俺を敵のように扱っていたが、あの日から変わった。なにより、俺もそれから朱様がずっと特別な存在になっていった……だが、さっきも言った通り、俺と朱様は結ばれない。だから、今日、俺たちは死に、一つの魂になる。……素晴らしいだろ、隼!」
「何を、言ってるんだ……?」
「この世で結ばれないのなら、あの世で、または来世で、俺たちは結ばれるんだよぉ……! 美しいじゃないか!!!!」
気持ち悪い。
声に出さなかっただけ、偉いと思う。
確かに朱は慕っていたかもしれない。だけれど、生きて、一緒に過ごしていく未来を見ていたはずだ。
だいたい、正解が『死』だなんて……!
「死ぬのが正解なのは、僕だけでいい! 朱も他の人も、もう、絶対に殺させない……!」
「どうやって?」
「……戦うんだっ!」
蒸気の圧を高めると、飛び上がった。
それこそ花火玉のようにシラカバの元へとつっこんでいく。
ひらりと交わそうとするが、僕だって馬鹿じゃない。
地面がない場所では、蹴りやパンチの力がうまく伝わらない。体の踏ん張りが効かないからだ。
だから、上空戦では、蒸気を生かした戦い方をしなくちゃいけない。
『踏ん張り効かせたいなら、足場を蒸気で固めろ』
カゲロウの声がする。
……無理です。無理。
それ、なんかのアビリティじゃないかな。
「ふにゃふにゃと。そんな蹴りじゃ俺を倒せない」
「それは、どう、かな!」
空手の蹴り技はフェイントはもちろん、相手との接近した距離で蹴り上げられることが特徴かもしれない。
僕はその要領で、ハイキックからの三日月蹴りに。
フェイントがきき、うまく蹴りが入る。
追撃で脛に足払いをし、地面へ叩き落とす!
「……隼、図にのられては困る」
地面スレスレで浮き上がると、僕の背後に滑りこんだ。
素早くガードを取るが、氷を拳にまとわせ、連打される。
一発一発が重い。
かわしながら脚を回すが、どれも当れない……!
「ほらほらほら! どうやって守るんだ? 口だけの男は、本当に弱いっ」
両手を組んだ拳で、丸め込んだ背中に向けて叩き落とされた。
地面に落ちる寸前、蒸気を出して横へと逃げる。
だが衝撃は抑えきれず、管理センター室へ、体が投げ込まれた。
「……つっ……」
薄暗い室内。
理由は簡単だ。
部屋全体が血で塗られているからだ。
「なんだ、その目は……怒ってるのか?」
「当たり前だ! なんでこん」
「『こんなひどいことを?』……劣る人間を見ると排除したくなるものだ。それに俺と朱様の命日に死ねるんだ。光栄なことじゃないか!」
目眩がする。
身体的にじゃなく、精神的に。
シラカバの頭のなか、どうなってるんだ……!
あいつの常識が全然わかんない。
「さ、もうすぐセントラルの中に、俺が創った爆弾が流れていくだろう。あとは俺が起爆させるだけ……。これが朱様の犯行となり、フィル様は俺の死を持って、当主候補の位を上げる……はぁ……興奮してしまう……!」
なんでこんな奴が強くて、僕は弱いんだ……!
悔しさに歯が軋む。
でも、ここでくじけるわけにはいかない。
たくさんの人間が巻き込まれるのは間違いない。
「僕がやらないと」
シラカバがゆっくりと振り返る。
「なんて言ったんだ、隼」
「『僕がやらないと』って言ったんだ……」
「無理だろ」
吐き捨てた言葉だが、僕を煽るには十分だ。
「───解蒸!!!!」
僕が叫ぶと、鎧が反応していく。
レンズには解除コードの入力がある。
「素人が解蒸すればどうなるかわかってるのか」
「コード0621、始動! ……元から死ぬ気の僕に、どうなるかなんて関係ない!」
黒い鎧が僕の声に反応し、動いていく。
繊細に、そして、強度を増していくのが肌でわかる。
「……絶対にお前を僕は許さない……シラカバ、一緒に地獄へ堕ちてもらう……!」
踏み出した一歩が、強く、大きい。
瞬く間に間合いに入ったシラカバに、僕は鳩尾を一発食らわせた。
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