27人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
三十五話 〜死際を求めて
『──隼、諦めるなっ!』
耳をつんざく叫び声に、僕は押し出されるように飛び上がった。
だけど、あの声……
僕が飛び上がったと同時にシラカバもこちらに浮き上がる。
霞む視界を無理やりこじ開け、身構えるが、向こうに動きはない。
……次の攻撃は交わせない。急所をはずさなきゃ……!
肩で息をするシラカバが、消えた。
僕の背後───!
すぐに身を回して、腕を振るが、当たらない。
そして、また胃から血が湧き上がってくる。
それを僕は無理やり飲み込み、踵を振り上げた。
視界がぼやけて、うまく軌道が読めない。
辛うじてシラカバの肩を蹴り落としたが、僕も勢い余って落ちていく。
地面に体を転がすが、さっきの蒸気の球は一度きりだ。
兜のレンズから、同じく転がっているシラカバを見ると、鎧から蒸気の発散が激しいことがわかる。
「……そうか、あの技、蒸気を異常に使うんだ……」
だから朱と出会ったとき、二回しか放てなかったんだ。
今は解蒸してもいるから、余計に打ち込めない。
……ってことは、さっきのがシラカバにとっての……
考えていたところに、唐突に景色が開けた。
「……なんだ、あの管……めっちゃデカ……」
蒸気が消え、あたりの様子がわかる。
やはり、あの蒸気の球が過ぎた場所は、跡形もなく消えていた。
僕の後ろにあった壁も建物も、全て綺麗に圧縮されている。
その壁が取り除かれた奥に、大きな蒸気管がそびえ立っていたのだ。
管を制御するための重厚な装置もあり、数え切れない歯車が、その蒸気管を支え、起動させているのがわかる。
だが、管に真っ白な蒸気石が刺さっている。とても中途半端な場所にあるソレを、僕は必死に見つめる。
「……いだっ」
赤い涙を拭って、僕は無理やり立ち上がった。
あの白い蒸気石は、間違いない。
爆弾をまとわせた蒸気の塊だ──!
「……くそっ」
僕の動きを見てか、シラカバも動き出す。
「あれだけは、壊させない。俺と朱様の結晶なんだ!」
シラカバの最後の足掻きだろうか。
鎧を瞬く間に修復させると、その蒸気管に向かって飛んでいく。
僕もそれに追いつこうと腕を伸ばしたとき、
『隼! 聞こえるか! ボクの体から、爆弾はなくなったぞ!』
……懐かしい声……!
続いて、
『隼ちゃん、やっぱ、オレ、てんさーい! 血液入れ替えで、完了。もう安心してー』
ベニコウロの声も。
それだけで、僕に力が湧いてくる───!!!
『勝て、隼よ!』
「……勝つよ、朱」
目から血があふれようと、耳から血が流れようと、口から血がこぼれようと、僕は前に前に進む。
絶対に許してはいけない。
守らなきゃいけない。
ここを守るために、僕は、生まれてきたんだから───
「シラカバァァァッ!!!!」
シラカバは大きな分厚い氷の壁を作り出した。
自分と、蒸気管を区切るための壁だ。
だが、所詮、氷だ。
僕は拳をドリル型に変化させる。
イメージ通りに、それは蒸気を噴出させながら回転していく。
「「……うおぉぉぉーーー!」」
削る先から氷を厚くされる。
だけど、負けられない。
負けちゃいけない。
僕の蒸気が切れるのが先か、向こうが先か。
いくら鎧が蒸気を吸い込めるとしても、この氷を作り上げることは難しいだろう。
そして、それは僕も同じだ。
右腕の形を維持するためにも蒸気が必要になる。
目に見えて減っていく蒸気石。
「……全身の蒸気を、腕に……」
一歩、前に踏み込んだ。
同時に、分厚い氷にヒビが走る。
一瞬、ヒビが止まるが、それは砂場の川のよう。
流し続ければ、水は勢いよく抜けていく。
それと同じように、止まっていたヒビが、少しずつ、少しずつ、動き出す。
「させるかぁぁぁぁ!!!!!」
シラカバの怒声が響く。
掠れたひどい声だ。
氷に撒き散らされる血が、シラカバが叫ぶ度に増えていく。
だが、走り始めたヒビは止まらない。
「……いっけぇぇぇ!!!!」
僕はありったけの力で腕を伸ばし切る───!!!
轟音と共に、氷が前に弾け飛んだ。
天井まで伸びていた氷の塊がごとごと転がるのを避け、管の前へと進むと、今にも起爆させようと手をかざすシラカバがいる。
「チェックメイトだ、隼」
僕はその声を横で聞いた。
僕は止まらなかった。
氷の壁を壊した勢いそのままに、シラカバに突っ込んだからだ。
一瞬、シラカバの目に僕の顔が映ったのが見えた。
僕の目が赤く染まって、まるで香煙の人間のようだ……
「……あがっ!」
シラカバの小さな声が響いたが、そのままシラカバは奥の壁へとぶつかった。
鎧の砕ける音と、人間の体が当たる音が、少し激しかったと思う。
ちらりと横目で見ると、肩から頭をたらすシラカバが。
あれは、しばらくは起きないと確信する。
一応、兜の機能で生死をみたが、死んではいないようだ。かろうじて脈がある。
僕は、もう、見えづらくなっている左目を凝らす。
「やっぱり、爆弾と起爆させる粒子が流れこんでる……いだっ!」
目が痺れてる。
完全に見えなくなる前にどうにかしないと……。
僕は右腕をレイピアのように尖らせた。
これを管に差し込んで、流し込んだ蒸気の粒の花を咲かせよう。
唐突にアラームと声が流れだす。
『アト 九十秒デ 管ヲ カイホウ クリカエス 九十秒デ 管ヲ カイホウ』
「……この管じゃ、ないよね?」
いや、こういうときは、この管なんだよね……。
予想通り、ゼンマイと歯車が動き出した。
ここに溜まっているシラカバの作った爆弾が流れてしまう……!!!
「まずいまずいまずい……集中、集中──」
『アト 三十秒』
両眼が痛む。
むしろ、もう、頭全部が痛い。
耳も気持ち悪いし、目もほとんど見えない。
それに、痛い。
もう何が痛いのかわかんないぐらい、どこもかしこも痛い。
でも───
『アト 十秒』
…………粒子が、見えた!
「───咲け」
『……壱 零! 開放開始ィィ!』
僕の声に反応して、管を突き破って花が咲き誇る。
母が好きだった、桜の花を咲かせてみた。
だが、まるで生き物だ。
細い枝が管を突き破り、桜が咲いていく。
あまりの激しさに驚いてしまうけど、その枝も花も、止まらない。
いくつも、いくついも、いくつもの、透明な光でできた桜の花が、美しく満開だ。
「……はぁ……母さんにも、見せたかったな……」
なんとか見えた桜の花にひと息ついたとき、鎧の欠けた肋に何か、当たった。
「母さんはとっくの昔に死んだんだ。そんなもの、見えないよ、隼」
声と共に振り返ると、顔の輪郭に見覚えがある。
ぼやけても、わかる───
「……おや……じ………?」
「隼、悪いな。父さん、シラカバさんを守る約束しててな。父さん、こっちで奥さんも子供もいるんだ。大事な家族だから、守らなきゃいけない。わかるだろ?」
───なにが、わかるんだ。
声に出せない。
足りない血がさらに抜けて、まるでしおれた風船みたいだ。
膝が折れた僕は、床へとだらしなく這いつくばった───
最初のコメントを投稿しよう!