三十五話 〜死際を求めて

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三十五話 〜死際を求めて

『──隼、諦めるなっ!』  耳をつんざく叫び声に、僕は押し出されるように飛び上がった。  だけど、あの声……  僕が飛び上がったと同時にシラカバもこちらに浮き上がる。  霞む視界を無理やりこじ開け、身構えるが、向こうに動きはない。  ……次の攻撃は交わせない。急所をはずさなきゃ……!  肩で息をするシラカバが、消えた。  僕の背後───!  すぐに身を回して、腕を振るが、当たらない。  そして、また胃から血が湧き上がってくる。  それを僕は無理やり飲み込み、踵を振り上げた。  視界がぼやけて、うまく軌道が読めない。  辛うじてシラカバの肩を蹴り落としたが、僕も勢い余って落ちていく。  地面に体を転がすが、さっきの蒸気の球は一度きりだ。  兜のレンズから、同じく転がっているシラカバを見ると、鎧から蒸気の発散が激しいことがわかる。 「……そうか、あの技、蒸気を異常に使うんだ……」  だから朱と出会ったとき、()()()()()()()()()()んだ。  今は解蒸してもいるから、余計に打ち込めない。  ……ってことは、さっきのがシラカバにとっての……  考えていたところに、唐突に景色が開けた。 「……なんだ、あの管……めっちゃデカ……」  蒸気が消え、あたりの様子がわかる。  やはり、あの蒸気の球が過ぎた場所は、跡形もなく消えていた。  僕の後ろにあった壁も建物も、全て綺麗に圧縮されている。  その壁が取り除かれた奥に、大きな蒸気管がそびえ立っていたのだ。  管を制御するための重厚な装置もあり、数え切れない歯車が、その蒸気管を支え、起動させているのがわかる。  だが、管に真っ白な蒸気石が刺さっている。とても中途半端な場所にあるソレを、僕は必死に見つめる。 「……いだっ」  赤い涙を拭って、僕は無理やり立ち上がった。  あの白い蒸気石は、間違いない。  爆弾をまとわせた蒸気の塊だ──! 「……くそっ」  僕の動きを見てか、シラカバも動き出す。 「あれだけは、壊させない。俺と朱様の()()なんだ!」  シラカバの最後の足掻きだろうか。  鎧を瞬く間に修復させると、その蒸気管に向かって飛んでいく。  僕もそれに追いつこうと腕を伸ばしたとき、 『隼! 聞こえるか! ボクの体から、爆弾はなくなったぞ!』  ……懐かしい声……!  続いて、 『隼ちゃん、やっぱ、オレ、てんさーい! 血液入れ替えで、完了。もう安心してー』  ベニコウロの声も。  それだけで、僕に力が湧いてくる───!!! 『勝て、隼よ!』 「……勝つよ、朱」  目から血があふれようと、耳から血が流れようと、口から血がこぼれようと、僕は前に前に進む。  絶対に許してはいけない。  守らなきゃいけない。  ここを守るために、僕は、生まれてきたんだから─── 「シラカバァァァッ!!!!」  シラカバは大きな分厚い氷の壁を作り出した。  自分と、蒸気管を区切るための壁だ。  だが、所詮、氷だ。  僕は拳をドリル型に変化させる。  イメージ通りに、それは蒸気を噴出させながら回転していく。 「「……うおぉぉぉーーー!」」  削る先から氷を厚くされる。  だけど、負けられない。  負けちゃいけない。  僕の蒸気が切れるのが先か、向こうが先か。  いくら鎧が蒸気を吸い込めるとしても、この氷を作り上げることは難しいだろう。  そして、それは僕も同じだ。  右腕の形を維持するためにも蒸気が必要になる。  目に見えて減っていく蒸気石。 「……全身の蒸気を、腕に……」  一歩、前に踏み込んだ。  同時に、分厚い氷にヒビが走る。  一瞬、ヒビが止まるが、それは砂場の川のよう。  流し続ければ、水は勢いよく抜けていく。  それと同じように、止まっていたヒビが、少しずつ、少しずつ、動き出す。 「させるかぁぁぁぁ!!!!!」  シラカバの怒声が響く。  掠れたひどい声だ。  氷に撒き散らされる血が、シラカバが叫ぶ度に増えていく。  だが、走り始めたヒビは止まらない。 「……いっけぇぇぇ!!!!」  僕はありったけの力で腕を伸ばし切る───!!!  轟音と共に、氷が前に弾け飛んだ。  天井まで伸びていた氷の塊がごとごと転がるのを避け、管の前へと進むと、今にも起爆させようと手をかざすシラカバがいる。 「チェックメイトだ、隼」  僕はその声を横で聞いた。  僕は止まらなかった。  氷の壁を壊した勢いそのままに、シラカバに突っ込んだからだ。  一瞬、シラカバの目に僕の顔が映ったのが見えた。  僕の目が赤く染まって、まるで香煙の人間のようだ…… 「……あがっ!」  シラカバの小さな声が響いたが、そのままシラカバは奥の壁へとぶつかった。  鎧の砕ける音と、人間の体が当たる音が、少し激しかったと思う。  ちらりと横目で見ると、肩から頭をたらすシラカバが。  あれは、しばらくは起きないと確信する。  一応、兜の機能で生死をみたが、死んではいないようだ。かろうじて脈がある。  僕は、もう、見えづらくなっている左目を凝らす。 「やっぱり、爆弾と起爆させる粒子が流れこんでる……いだっ!」  目が痺れてる。  完全に見えなくなる前にどうにかしないと……。  僕は右腕をレイピアのように尖らせた。  これを管に差し込んで、流し込んだ蒸気の粒の花を咲かせよう。  唐突にアラームと声が流れだす。 『アト 九十秒デ 管ヲ カイホウ クリカエス 九十秒デ 管ヲ カイホウ』 「……この管じゃ、ないよね?」  いや、こういうときは、この管なんだよね……。  予想通り、ゼンマイと歯車が動き出した。  ここに溜まっているシラカバの作った爆弾が流れてしまう……!!! 「まずいまずいまずい……集中、集中──」 『アト 三十秒』  両眼が痛む。  むしろ、もう、頭全部が痛い。  耳も気持ち悪いし、目もほとんど見えない。  それに、痛い。  もう何が痛いのかわかんないぐらい、どこもかしこも痛い。  でも─── 『アト 十秒』  …………粒子が、見えた! 「───咲け」 『……壱 零! 開放開始ィィ!』  僕の声に反応して、管を突き破って花が咲き誇る。  母が好きだった、桜の花を咲かせてみた。  だが、まるで生き物だ。  細い枝が管を突き破り、桜が咲いていく。  あまりの激しさに驚いてしまうけど、その枝も花も、止まらない。  いくつも、いくついも、いくつもの、透明な光でできた桜の花が、美しく満開だ。 「……はぁ……母さんにも、見せたかったな……」  なんとか見えた桜の花にひと息ついたとき、鎧の欠けた肋に何か、当たった。 「母さんはとっくの昔に死んだんだ。そんなもの、見えないよ、隼」  声と共に振り返ると、顔の輪郭に見覚えがある。  ぼやけても、わかる─── 「……おや……じ………?」 「隼、悪いな。父さん、シラカバさんを守る約束しててな。父さん、こっちで奥さんも子供もいるんだ。大事な家族だから、守らなきゃいけない。わかるだろ?」  ───なにが、わかるんだ。  声に出せない。  足りない血がさらに抜けて、まるでしおれた風船みたいだ。  膝が折れた僕は、床へとだらしなく這いつくばった───
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