三十九話 〜自身の人生を求めて

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三十九話 〜自身の人生を求めて

「……よーし、よしよし!」  声に出しながら頭を撫でてくるのは、朱だ。  大きな胸を邪魔そうに撫でている。 「ちょっと、犬みたいに撫でないでよ」 「隼の髪の毛は柔いし、金色だからな! ゴールデンレトリーバーのようで、いいんだな!」   それをベニコウロとベニギンランがにこにこと優しく眺めている。何故かそれが嬉しくて、また、じんわり目が潤んでしまう。  ベニコウロたちは、僕から書き出した情報を手早く電子ボードに記入し、立ち上がった。 「隼ちゃんの学校は、来週の月曜日からだねー。じゃ、週末の土曜に焼肉いこー! スケジュール開けといてー」 「それじゃ、木場くん、来週の月曜日、学校で会おうね」  手を振りながら去っていく二人を、僕ははれぼったい目で見送るけれど、あまりの急展開にまだ心臓がバクバクしている。 「ほ、本当に、僕、幌士吏に行けるの……?」 「ボクは嘘はつかないぞ? 手続きがいるがな。明日、いろいろ準備しよう。目が覚めたのに忙しくさせてすまないな!」 「……それは構わないけど。でも、なんで僕が側近に……?」  朱は椅子に座り直し、足を組んだ。  態度はでかいけど、小学生が必死に足を組んでいるみたいで、ちょっと可愛い。 「本来なら、御煙番から派遣が通例ではあるんだ。だが、シラカバがイギリスのスパイだった以上、御煙番の誰がそうなるかわからん。それなら、何の事情も知らない隼が適任だと判断した。ここ数日の戦歴はかなりのものだ。ヒロカからもお墨付きをもらっている。確かに訓練も必要だが、実践をここまで積んでいるのなら、問題ないとな」 「ヒロカって、そんなことにも関わるの?」 「香煙と御煙は切っても切れない関係だ。お互いがいないと成立できないぐらいにな。そうだ、御煙を目指す以上、ヒロカのことはヒロカ様って言うようにしろよ? 一応、ヒロカも総代だからな」 「そっか。うん、わかった。ヒロカ様、ね」  僕に言い聞かせたのは朱なのに、何故かクスクス笑っている。 「ねぇ、なんで笑ってるの?」 「いやいや! ……よし、明日は制服合わせと、あとは、隼を香煙の者とする手続きを取るが、覚悟を決めておいて欲しい」 「覚悟って、何さ」 「父親との血縁を切ることになる。……一晩、考えておいてくれ」  僕の右腕の整備と書類の整理があると言い、朱も僕の右腕と一緒に部屋を出て行ってしまった。  蒸気管を走る蒸気の音だけがする。  迷路街の自分の部屋もこんな音だったんだろうか。  いつもザワザワとした耳鳴りがしていた気がする。 「……覚悟か…………覚悟なんて、とっくの昔から、決めてるよ、朱…………」  見慣れない天井につぶやいてみたら、声が意外と反響して、本当にひとりぼっちなんだと思ってしまう。  たった数日、朱と一緒に戦っていただけなのに、一人が心細くなるなんて思ってもみなかった。 「……そういえば、この部屋のこと、聞いてなかったな……スチームバスと、トイレはわかるけど、あと、よくわかんないものばっかだ。ヤバい。せっかくなら、楽しみたいのに!」  数十分すると、定期チェックの看護師さんがきてくれたので、あれやこれやと確認していく。 「これも、わからない?」 「迷路街にはないんで……」  僕のような、迷路街出身は珍しいよう。迷路街の名を出した途端、ギョッとした顔をする。  ……なんで、香煙様がメーロの人間なんて……  小声だが、間違いなくそう言った。  やはり、それなりに偏見がある。  僕ら迷路街の人間が蒸気街の人間に対して思うように、僕らを汚物のように見る人だっている。  知っていても、ちょっぴりショック……。 「何かあれば、こちらのボタンで蒸気人形(スチームドール)も呼べますから。食事はあと三時間後、十八時に蒸気人形が運んできますので、お受け取りください。食べ終わった食器も蒸気人形が回収しますから、ここのテーブルにおいておいてください」  この看護師さんのほうが機械的だな。なんて思いながら話を聞き、唯一の部屋の娯楽、蒸気射影機(スチームテレビ)のスイッチをオン!  ここの投影機は五〇インチもあって、立体映像がやたらとキレイ!  家のは旧式の十九インチのため、小さいし、映像の解像度も悪かったから、同じ番組なのに、全然違う!!!  ───現在、朝の七時十四分だ。  今日の蒸気街は晴れと、蒸気人形(スチームドール)は言っていた。  ただここは窓がない。  理由は狙撃などの襲撃を避けるための病室だから。  さすが、香煙家専用の病室だ。  ……と感心したいところなのだけど。  僕の目は、今、限界に来ている。 「あまりに映像が綺麗だから、映画を見放題してしまった……全然寝ら暇なかった……」  少し仮眠でもと、まぶたを閉じたとき、部屋の扉が勢いよく開かれた。  そこには胸を揺らし、鮮やかなパープルストライプのワンピースを身につけた朱がいる。  赤いヒールを鳴らしながら部屋に入ってくる。  僕の腕を抱えながらのせいか、赤いポシェットを斜めがけにしているのだが、どうしてだろう。夏休みの小学生に見えなくもない。 「おはよう! 起きているか、隼! 朝食を一緒に食べようと思ってなっ! ほら、腕だ! つけるといい!」 「……朝から声でかいよ!」  朱は僕に腕を渡すと、いそいそとテーブルを引っ張り、僕の横で一緒に食事ができるようにセッティングしていく。  椅子を引っ張りながら、朱は笑う。 「隼、寝ないで映画を観ていたか。キモが座ってるな」 「だってここの部屋の投影機、めっちゃ綺麗なんだもん。めっちゃ楽しかった」 「隼の部屋の投影機はここと同じインチにしていたが、七十五インチに変えておこう。あ、部屋だが、シラカバの流用となって申し訳ない。ただ今日の正午にはリフォームを終えておく。安心して欲しい」 「あれれ? 覚悟をしておけ、って言った割には、僕の受け入れ準備万端なんじゃないの?」  僕が茶化して朱に言うと、朱は満面に笑顔を散らした。 「断られても絶対側近になってもらうつもりだったからなっ! 準備しておくのは当たり前だろ!」  その笑顔が嬉しそうで、心の底から僕のことを願っていて……なんだろう。胸がこそばゆい……。 「よし。今日の朝食は、和食にしてもらった。お膳だが、隼は食べられるだけ食べたらいい。経口栄養で、昨日の食事もスープだっただろうしな」  頬が赤くなった僕は、とっさに朱に背中を向けたけど、隠せただろうか。  すぐにお膳が運ばれてきた。  一口サイズの小鉢に手の込んだ料理がちょこちょことのせられている。  もう、それだけで僕の胃が『ぐう』と唸った。  朱と唯一違うのは、僕のご飯がおかゆであること。  だけど、僕の好きなたまご粥だ。 「……これ、母さん、よく作ってくれたんだ。僕、食が細くてさ」 「そうか。少しでも多く食べるといい!」 「うん。……こうやってゆっくりご飯食べるの、初めてだね」 「確かにそうだな。隼と出会ってからは、ずっと逃げてたからな!」 「そうだね。……もう、逃げたくないな」 「……そうだな。戦い続けることになるけどな」  そうだ。  逃げない、ってことは、戦うってことだ。  香煙の人間になる、ということは、そういうことなんだろう………。 「だが、隼、もう、お前は独りじゃない。ボクもいるし、双子もいるから、休む暇はあるぞ!」  僕の心を見透かしたんだろうか。  僕はもう、独りじゃない。  そう思っただけで、少し細くなった左腕が、少しだけ強く見えてくる。 「食事をして、少し落ち着いたら、クズ田クズ男に三行半を突きつけるぞ!」 「それ、合ってるのかな? あと、木場和久(きば かずひさ)。一応名前あるから。……ちょ、聞いてる、朱? ねぇ?」  僕らの道は前に続いてる。  今、一歩を踏み出す時だ!
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