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男が住むのは街で一番上等な建物だ。部屋には分厚いカーテンが垂れ下がり昼間だというのに薄暗い。部屋の中が丸見えではいつ敵に狙われるかわからない。用心するにこしたことはない。
「座れ。そして酒を注ぐんだ。俺はこの国の英雄なんだぞ。光栄に思え」
そう、男はこの国の英雄だった。少女がコクリと頷きグラスに酒を注ぐと無言で飲み干す。数杯で目が真っ赤になった。かなり強い酒なのだろう。酔いの回った英雄は欲望に歪んだ瞳で少女を見た。
「お前、名は何という」
「名……?」
「名前だよ、名前。そんなこともわかんねぇのか」
少し苛ついた調子で少女の腕を引っ張る。
「うっ、お前病気なのか? 何だよこの肌……」
少女の肌はゴムのような手触りだった。しかも妙に冷たい。
「まぁ、いい。名前は何というのか聞いてるんだ。どこの出身だ? 親は何をしている」
「名前……出身……親」
まるで異国の言葉を聞くかのように少女は首を傾げている。
「ああ、もういい!」
すると少女はようやく言葉の意味がわかったかのように頷いた。
「出身は……わかる。私、ドラスム村にいた」
ドラスム村、と聞き英雄と呼ばれる男は嗤う。
「ああ、あの村か。俺が皆殺しにしてやった村だな。生き残りがいたとはねぇ。お前の親はきっと俺の剣で死んだぜ」
「親……。私を作ったのはイザムリ爺さん」
「おい、お前本当に頭の病気なのか? まぁ、いい。楽しむだけ楽しんだらお前も親のとこに送ってやるさ。俺の剣でな。怖いか? 俺は恐怖に震えながら泣き喚く女の顔が大好きでな。さぁ、泣けよ、喚けよ」
少女は首を傾げる。
「怖い? 怖くなんかないよ。二回目だもの。怖くない」
「二回目だと? どういうことだ。もういい、こっちに来い!」
そう言って少女の衣服を破り捨てる。だがその肢体を見てぎょっとした。
「うわっ! 何なんだ、お前その体……」
少女の体にはまるでいろんな体の部位を縫い合わせたかのようにテラテラ光る傷が無数に走っている。
「この体? 右手はね、ヨシカ姉さんのもの。左手はロジール兄さん。右足と体はマリル叔母さんで左足はティラン伯父さん。私、剣なんて怖くないよ。二回目だもの」
「ば、化物め! 来るな! やめろ!」
その時、ふっと部屋が闇に包まれた。ねばつくような漆黒の闇の中、絶叫が響き渡ったかと思うと唐突に止んだ。
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