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ワインを飲みながら、可もなく不可もない夕食をとる。彼は終始ご機嫌で、にこにことしていた。仕事はSEだとか、数年前に離婚して独り者だとか、文鳥を飼っているだとか。
「玲子さん、誰とも抱き合いたくなさそうな顔してましたよ」
「そうかな」
「なんだか、泣きそうに見えた。だから無理なことしてほしくなくて、つい連れ出しちゃったよ」
泣いてなどいないし、泣きそうにもなっていない。
「出会い系を使うような雰囲気には見えないから。どうしてなのか聞いてみたくて。なんで?」
「今日でおしまいにしようと思ったから」
彼はとても驚いた顔をして、次にとても心配そうな顔をした。その変化がわかりやすくて、私は少しだけ笑った。
「なにも今日で死のうってわけじゃないわよ」
「ああ、よかった。心配しちゃったよ」
「今日で、女を卒業しようと思っただけ」
何も言わずにじっと見つめてくるので、私はそのまま続けた。
「最後に寝たのが夫では嫌だっただけ」
「誰でもいいから、出会い系?」
「そう。誰か知らない人でいいから、なんだかすっきりさせたかったの」
「僕、責任重大だなあ」
「するのやめて、ホテルを出てきちゃったからいいでしょ」
「これからもう一度行くこともできるから」
デザートのティラミスが、ひどく甘かった。甘すぎて、残してしまった。それなのに、コーヒーは苦すぎた。アンバランスで、自分の心みたいだと思った。
私は彼と、結局、一夜をともにしてしまった。ラブホテルではなく、普通のシティホテルで。
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