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第1章救いの手
バァンっ!ドフっ。鈍い音が聞こえる。
美希は頬を腫らして泣きながらうずくまってる。
「お父さん。もう辞めて!!」
その声も虚しく届かない。
ボロボロになった美希は項垂れながら想った。
どうしてこんな目に合わないといけないの?
毎日、毎日こんなに殴られて。いっそのこと死にたいよ。
そんなことを思いながら、物が散乱している部屋の、薄暗い天井を見上げて自分が産まれてきた事に後悔をした。
「お母さん…」
美希はそう呟いた。
彼女の母は去年亡くなった。癌だった。
癌の腫瘍が見つかった時も母は私に何も弱音を吐かなかった。
抗がん剤治療を受けてどんどん髪の毛が抜けていく母の姿を今でも鮮明に覚えている。
それでも母は気丈で明るく
「髪の毛無くなったらニット帽被れば良い!」
そう言って、雑誌を見ながら
「このニット帽可愛いわね。」
って言っていた。
然し、神様は残酷だ。生きたいって思う人の命を奪っていく。
母が亡くなった時に強烈な喪失感に襲われた。
母は生前こんなことを言っていた。
「もう一度で良いから、流れ星を見たいね。東京じゃ見れないものね。」
父親は本当は血が繋がっていない。私が産まれてすぐに本当のお父さんは病気で亡くなった。星を見るのが好きなお父さんだと母にいつも聞かされていた。
「お父さんね、週末になると必ず星を見に私を誘ったの。流れ星を見に行こうって」
そんな話を毎回のようにされた。
それから私が高校に進学する前に今の父親と再婚した。初めは良い父親だった。
しかし、母親が居ない時に暴力を振るうようになった。
「新しいお父さんは上手くやれてる?」
母親のそんな問いかけに、心配かけたくないのもあって
「やれてるよ!良いお父さんだよねー」
と偽物の笑顔を貼り付けて答えた。
私のせいでお母さんの幸せを奪ったらいけないと思い、何も言えなかった。
早く逃げ出したい。
高校には何とか通えてる。
でも、身体にアザがあるからいつも長袖や、マスクをしている。
目も腫れてる時はメガネをかけて誤魔化してる。
ミン。ミン。ミーーン!蝉が合唱を始めた。
もう季節は夏だ。この蝉達は1週間で命を全うすると小さい頃に教わった。
美希は蝉の声がその命をもっと生きたいという足掻きの声に聞こえた。
私も行きたいのかな?って思いながら蝉と自分を照らし合わせて少し微笑んだ。
でも私は友だちが1人も居ないし頼れる人も居ない。
みんなが夏に海に行って水着を着たりしてるのが羨ましかった。
「今年はどこの海行く?」「新作の水着買ったんだー」
「彼氏と最近どう?」
そんなことが飛び交う中私は何をしようか色々考えた。
キーンコーンカーンコーン。
授業が終わり。
家に帰るため廊下を歩いた。
廊下には様々な部活の入賞記録や、就職・進学関係のポスターなどが掲示されている。
その中にふとひとつの写真が目に入った。
満点の星。
天体観測部なんかあったけと思いながら、その写真を食い入るように見てた。
「これ良いよねー!君も好きなの?」
明るい、男の声が聞こえた。
バっと振り返ると、短髪で笑顔が素敵ないかにも人気者って感じの男が立っていた。
「君何年生?」
「え。2年生です」
「俺も2年生(笑)」
まぁ東京の大きな学校だから知らないのも当たり前かと勝手に納得した。
「星好きなの?」
「好きっていうか、なんか癒されるなーって思ったの。」
「これ俺が撮ったんだ!」
そう言いながら男は自信満々で私の顔を見てきた。
その顔があまりにも可笑しくて私は笑ってしまった。
「君名前は?」
「美希です。刈谷美希です。」
「俺は健!石田健!よろしく」
その後一緒に学校を出た。通学路が同じという事もあり途中まで話してた。
「石田くんは星の写真を撮るのが好きなの?」
「うーん。好きというか、星を見てたら嫌なこと忘れるんだよね。だから週末は1人で見に行ってる」
そう言った石田君の顔はなんだか哀しそうで、でもそんな風に見せないように必死で隠していた。
そして、私は石田くんにお父さんを重ねてしまった。
「石田くん、私のお父さんにそっくりだ(笑)」
「え!そうなの?お父さんと気が合いそう」
「でもね、お父さん死んじゃったの。私が産まれてからすぐに。」そして様々な事を石田くんに話した。
彼は茶化す訳でもなくただただ私の話を黙って聞いてくれた。
「美希ちゃん。夏休み星を見に行こう。」
「え。でも…」
「一緒に見に行こう!」
「うん。」
そう言うと石田くんは西日よりも眩しい笑顔で笑ってた。
「連絡先交換しとこ」
「うん。」
そうして私たちは家路に着いた。
その夜寝ようと布団に入ったけど中々寝付けない。
今まで父親からの恐怖で寝られないことがあったけど、今日は違う。
石田くんと会ったから?
あんなに嫌味もなく、私の事を聞いてくれた人はいなかった。
頬に涙が落ちる。
でも悲しい涙じゃない。
嬉しくて、石田くんに聞いて貰えた事が嬉しくて、受け入れてくれたのが嬉しくて泣いてる。
そしてそのまま眠りについた。
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