誘われて海風祭

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 長い長い列は芋虫が這うような速度でゆっくりと進んでいた。  遠くの屋台は暑さのせいかユラユラと揺らめいて見える。貧しい者も、富める者も、皆一緒くたになって列に並び、それぞれ服の袖で額の汗を拭ったり、扇で顔を煽いだりして暑さを凌いでいた。  侍女がいない……というのはどういうことなのだろう。  牽制し合うふたりに挟まれながら、リリアーナは、火照ってボーッとする頭で考えていた。  リリアーナの家のように、ろくに使用人が雇えないほど貧乏ならいざ知らず、パープラー家が侍女を雇えないはずがない。ということはキャロラインの言う通り、必要ないからつけていない、ということなのだろうか。  確かに、キャロラインは才女で有名だ。だからといって侍女が必要ないだなんて、そんなことがあるのだろうか。どれだけ優秀な人間でも、人ひとりがこなせる仕事量には限界がある。  だから貴族には侍女という存在が必要なのだ。常に主人の側について、身の回りの世話をするだけではなく、時には主人の顔となって色々の手配をする。  たとえば1つの舞踏会に参加するだけでも膨大な仕事がある。  まずはどの曲を、誰と踊るのか取り決めたり、新しいドレスを仕立てたりしなければならない。  そのためにはパートナーとなる男性たちに誘いの手紙を書いたり、新しいドレスを仕立てるためにお茶会やパーティーの日程を調整して店に予約を取り付けたり、馬車と細々とした手回しや調整が必要になってくる。  特にドレス類は大変だ。ドレスや靴、必要であれば帽子など全てオーダーメイド。それぞれの店で長時間かけて採寸を行い、試作を繰り返し、何月もかけて仕立ててもらうのだ。その間、どんな生地で、どこのレースで、どんな色で、どんな刺繍て、どんな形にするのか……というような打ち合わせはもちろん侍女が行う。  それだけではない。「今はこんな形が流行っている」だとか「どこそこのご令嬢がこの生地を使うそうだから被らないように」だとか、そういった情報も仕入れておいて打ち合わせに反映させなければならない。社交界の場においてドレスというのは家の品格を示すための大きな要素。とても気を遣うものなのだ。  未だ外との交流がほとんどないレティシアと違って「パープラー家の麗しき聖女」には各方面からお誘いが殺到しているだろう。それを捌くだけでも大変だろうに、加えて日程の調整や打ち合わせなどを行いながら、ドレスや装飾品の管理、毎日の身支度に至るまで全てひとりでやっている……というのは現実的に無理のある話だ。  そこまで考えて、リリアーナの頭にはひとりの女性の顔が浮かんでいた。
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