喧騒の中のオレンジ

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 キャロラインの視線は無意識の内にに香りの出所を探っていた。吸い寄せられるように足は香りの方へと向かう。ひとつの出店にたどり着いた。多種多様の果物が並ぶ中、旬の果物であるオレンジの鮮やかさが真っ先に目に飛び込んでくる。  店の前には樽を半分にしたくらいの大きなバケツが置かれていて、中には井戸水で冷やされた果物たちが浸かっている。祭の時期だけ売っている、冷やしフルーツだ。  果物なら片手で持ち運べるし、喉を潤すのにちょうどいい。ちょうど喉を枯らし、涼を求める人が増えてくる時間帯だけあって、店の周りにはわらわらと人だかりができていた。  その人だかりの中に見つけたのは、あまりにあの子に似た後ろ姿。  「……ジェイミー?」  キャロラインは思わず彼女の名前を口走った。これだけの人がいる中で、あの子に出会う確率など無いに等しいというのに、そんな馬鹿なことをしてしまったのは、丁度彼女のことを考えていたからだろう。  無性に悲しくなって、キャロラインは踵を返した。  周りは才女だ聖女だとキャロラインを持ち上げるが、彼女は自分が賢いということも、同じくらい愚かだということもよく知っていた。今だってそうだ。こんなにも愚かしい。寄り道なんてせずにステージに向かえばよかった。そうしていれば誰かをあの子に見間違えるなんてこともなかったのに。  「キャロライン、様?」  その場から立ち去ろうと歩き出したキャロラインの背中に投げかけられたのは、聞き覚えのある声。まさか、そんな。見間違いなどではなかったというのだろうか。  その声の主は、キャロラインが今、一番会いたくなかった人。  駆け出したキャロラインの後ろから、もう一度彼女の名前を呼ぶ声がした気がした。
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