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「レティシア? 上にいるのか?」
下から聞こえてきたそれはよく聞き知ったテノールの声。間違えようもない、この別荘の主であるモンフォルル公爵の声だ。
1階からはザワザワと人々の気配が漂ってくる。恐らくモンフォルル夫妻の一行が到着したのだろう。
階段を登ってくるいくつかの靴音にレティシアの身体が強張る。リリアーナがレティシアを庇うようにベッドから半身を起こしたところで、部屋の扉が開いた。
「やあ、私のかわいいレティシア。やはりここにいたんだな。下に護衛がいたから、そうじゃないかと思ったよ」
モンフォルル公爵の顔を見てレティシアの身体の力が少し抜ける。いつもはなにをしていても近寄り難いほどに覇者の風格を漂わせているモンフォルル公爵も、今日ばかりは柔らかな笑みを浮かべていた。
「キャロライン様はどうなさったの? 一緒にステージまで見に行く予定だったんじゃなかったかしら」
次彼の後ろから声をかけてきたのはアリシア夫人。部屋を見渡した彼女は真っ先にキャロラインがいないことに気づいたようだった。
「申し訳ございません、私の不手際で……」
リリアーナが頭を下げた瞬間、レティシアが勢いよく椅子から立ち上がった。木製の椅子がガタン、と大きな音を立てて、つんのめるようにして後ろへ吹っ飛び、自重でゆっくりと床の上に戻ってくる。彼女の両親は黙り込んだ。レティシアが鬼気迫る表情で彼らを睨みつけていたからだ。
もちろんレティシアは怒っている訳ではなかった。ただ、リリアーナは悪くないのだと、そう言いたかったが咄嗟に言葉が出てこなくて苦い表情になってしまっただけなのだ。結果的にリリアーナへのお咎めはなくなったので結果オーライなのだが。
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