喧騒の中のオレンジ

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 「キャロル様は護衛を連れておひとりでステージへ向かわれました」  「……あら、そうなの」  アリシア夫人はふんわりとした相槌だけしてさりげなく目線を逸らした。引っ込みがつかなくなってしまったのか、レティシアは仁王立ちのままひと言も発さず固まっている。アリシア夫人がそれ以上深く聞いてくることはなかった。  「……お前たちはどうするんだ? ここから見るのかい?」  モンフォルル公爵のおかけで話題が逸れて、アリシア夫人はホッとしたようだった。蝶の舞にだけ使われる特別な弦楽器と縦笛が、どこか懐かしいような演舞曲を奏でている。リリアーナは窓を覗きこんだ。ここはステージからは少し離れてはいるが、だからこそ踊り手たちは本物の蝶のように見えた。  「そうですね。レティシア様がよろしければ、私はどちらでも……」  どちらでも構いません、と言おうとしてリリアーナは異変に気づいた。歓声以外になにか騒いでいるような声が聞こえる。目を凝らしてよく見ると、その騒ぎの中心にいる人物を彼女は知っていた。  「……キャロル様?!」  キャロラインが人を押しのけてめちゃくちゃに走り回っている。その光景は彼女と初めて出会った時のことを思い起こさせた。キャロラインの周りには見知った護衛がチラホラ見えたが、この人ごみだ、皆今にもはぐれてしまいそうになっている。  窓を開けるとキャロラインの悲鳴のような声が耳に飛び込んできた。  「いや!! 来ないで!!」  キャロラインは後ろを気にしながらステージとは真逆の方へと向かっていた。誰に対して叫んでいるのかは分からないが、キャロラインが誰かに追われていることは間違いなかった。  そんな状況で護衛たちとはぐれてしまったら、キャロラインの身が危ない。  リリアーナは咄嗟にレティシアの顔色を伺った。レティシアも同じことを考えていたのだろう。彼女もまた不安そうな目でリリアーナを見返してきた。  リリアーナにとって「行動する意味」はそれだけでよかった。レティシアの不安は侍女である自分が解決してみせる。  「私、キャロル様を追いかけてきます。すぐにこちらへお連れしますので、レティシア様はご両親とお待ちください」  リリアーナはそう言って部屋を飛び出して行った。
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