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どうして、どうして追ってくるの。
キャロラインは走りながらギリ、と唇を噛んだ。
息が苦しい。水を浴びたように身体中か汗が流れ落ちる。膝がガクガクとわなないて、地面を蹴る力がどんどん抜けていくのが分かる。
キャロラインはお淑やかなご令嬢たちと比べて活発な方だが、所詮侯爵令嬢だ。体力に自信がある方ではない。けれど、彼女は走らなければいけなかった。
後ろから自分を呼ぶ彼女の声が追ってくるから。
キャロラインにとって忘れたい記憶。それがすぐそこまで迫ってきている。こんな風に追い回されたらいやでも思い出す。彼女はキャロラインの侍女「だった」。
そんなに恨んでいたのだろうか。
キャロラインは彼女のことを思い出していた。少し気が弱くて、でも、頑張り屋で、つい守ってあげたくなるような子だった。本当は彼女と信頼し合える関係になりたかった。そう、レティシアとリリアーナのように。
それなのにどこで間違えたのだろうか。まるでみたいに盗人みたいに追いかけられて。なんて惨めなんだろう。
「キャロル様!!」
俯いていたキャロラインはすぐ側で聞こえた声にハッと顔を上げた。
嘘! さっきまでずっと後ろにいたはずなのに!
振り向く間もなく腕を掴まれ、振り払おうとするが、この炎天下で走り回っていた彼女にはもう抵抗する力もなく、そのまま路地裏へと引っ張られる。
「やっ……!!」
庇うように顔を覆った片腕も剥がされ、きっとこれから酷い目に遭うのだ、とキャロラインは思った。
「キャロル様、私です」
恐る恐る目を向けると、目の前には心配そうなリリアーナの顔があった。ホッとしたキャロラインは膝から崩れ落ちた。もうとっくの昔に限界だったのだ。
胸が痛むほどの荒い呼吸を繰り返しながら、キャロラインは溢れ出す安堵と喜びを噛み締めた。リリーが来てくれた。レティシアを置いて。自分を心配して、来てくれた。
「誰に追われてるんですか?」
「わ……わたくしのっ……」
息も絶え絶えになりながら訴えようとリリアーナに縋る。しかしなにかを伝える前に、キャロラインの言葉は遮られてしまった。
「キャロライン様っ……!」
キャロラインを追ってきた、彼女によって。
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