路地裏の告白

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 ジェイミーの不安───それは最近のキャロラインの様子だった。  「キャロライン様っ、すみませんっ……! 遅れてしまって……」  それは夜中勉強に励みすぎたせいで、寝坊してしまった日の朝。朝食もそこそこに慌てて支度を済ませ、ジェイミーはキャロラインの部屋に駆け込んだ。才女と名高い彼女の予定は今日も詰まっている。急いで身支度をしなければ。  深々とお辞儀するジェイミーに、キャロラインは「頭を上げて」と声をかけた。  「大丈夫よ、ジェイミー。もう終わったわ」  ジェイミーが頭を上げると、キャロラインはなにも気にしていないかのように、穏やかに微笑んでいた。  彼女の姿はなにもかも完璧だった。ドレスもお化粧も済ませ、髪もジェイミーがいつも結っている形に整えてあった。1人で着るのが大変なはずのコルセットもちゃんと着けているようで、元々姿勢のいい彼女の背はよりビシッと伸びているように見えた。  それは、いつでも出かけられるくらいに、完璧な姿だった。  それを見た瞬間、ジェイミーの中でもやもやと渦巻いていた不安がハッキリと形になって彼女の背中に重くのしかかった。悲しいのか、寂しいのか、憎いのか。混ざり合った感情が込み上げて涙となって溢れそうになる。  最近のキャロラインはずっとこうだった。彼女はジェイミーが忘れてしまった仕事や、起こしたミスを、先回りして全て解決してしまう。そうやって助けられるたびジェイミーは安堵する一方で、ぼんやりとした不安を感じていた。  今なら分かる。この不安の正体が。  劣等感、そして無力感。キャロラインに助けられるたび不安になるのは、自分がキャロラインよりも劣っていると見せつけられるから。ジェイミーが居ても居なくても、変わらないと言われているように思えたから。  寝る間も惜しんで必死になって、キャロラインの隣に立とうと努力してきたのに。今のキャロラインの姿は、ジェイミーにとって努力など無駄だ、ということの証明だった。どうあがいてもジェイミーは彼女の役に立つことはできない。侍女にはなれない。  彼女は「パープラー家の麗しき聖女」だから。
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