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「……私がキャロライン様と言葉を交わしたのは、それが最後でした」
長い昔話を終えて、ジェイミーは大きく息をついた。リリアーナはキャロラインが怯えている理由を理解した。彼女にとって、それはひどい裏切りだっただろう。
その後のこともキャロラインはしっかりと覚えていた。忘れたくても忘れようがなかった。
皮肉なことに落とし穴に落ちたキャロラインは、なんとか1人で穴から這い上がることができた。穴の側面に飛び出した木の根をつたってよじ登ったのだ。
暗く狭い穴の中で泥と虫に塗れながらようやく穴から出た頃には、日も傾いて辺りは薄暗くなってきていた。
見知った場所とはいえ、森の中だ。灯りも持たないまま歩くのは心許ない。それに午後の予定を丸々潰してしまった。ジェイミーがなんと言ったのかは分からないが、家人たちも心配しだす頃だろう。
本当なら真っ先に帰りたいはずだが、キャロラインはやったことはまず、泉で全身の泥を落とすことだった。危険な道を通ったと分かれば、きっとまずジェイミーにお咎めがある。だから泉で水遊びをしてはしゃぎ過ぎてしまった、ということにしようと思ったのだ。
しかしそんなキャロラインの気遣いは無駄に終わる。ジェイミーはそのままなにも言わず、キャロラインと顔も合わせぬままに侍女を辞めてしまったからだ。
それからキャロラインはあの時のことを忘れたことはない。穴の底で泥だらけになりながら、暗くなる空に焦り、もがいた、あの恐怖の時間。そしてなにより、一番に自分のことを考えてくれているはずの存在に見捨てられた絶望。
ジェイミーに対して怒りを感じなかったと言ったら嘘になる。しかし、聡いキャロラインは気づいてしまった。ジェイミーの言葉の意味に。
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