動かない「悪魔令嬢」

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 「失礼致します。旦那様、奥様、おはようございます」  「……おはようございます」  リリアーナが恭しく跪礼すると、レティシアも目を伏せ、軽く膝を曲げる。レティシアの両親は既に食卓についていて、ふたり揃って愛娘を見上げた。    「おはよう、かわいいレティシア」  ゆったりとしたテノールの声が広い食堂に優しく響く。レティシアの父にしてこの家の主、エドモンド・モンフォルル公爵。  レティシアと同じ海のように青い目は微笑むと柔らかい弧を描いて垂れ下がる。気高い獅子を思わせるプラチナブロンドの口ひげの下で、彼は口の端だけを持ち上げ上品に微笑んだ。  「おはよう。よく眠れたかしら」  そう言って小首を傾げると、複雑に編み込まれた金髪がキラキラと光を反射する。レティシアの母、アリシア・モンフォルル夫人。  いつかレティシアが着ていたような真っ赤なドレスに身を包み、ピッと背を伸ばした姿は美術品のように完璧で、自信に満ち溢れている。  系統は違うが、ただ者ではないオーラを纏ったこのふたり。彼らが揃うと見慣れた食堂も謁見の間かのように錯覚する。  エドモンドのすぐ後ろ、突き当たりの暖炉のちょうど上には、純金製の蝶の盾が飾られている。エデンガード王家の紋章である「蘭と蝶の紋章」の片割れである「蝶の紋章」。この紋章を授けられたのはこのモンフォルル家だけである。  王家に認められた証であるこの蝶の盾はいつでも曇りひとつなく磨き上げられ、今日もモンフォルル家がいかに特別かを主張するように輝いていた。
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